【9月5日】
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 この時期に、中学野球新チーム最初の県大会が実施されていたことを初めて知りました。大会名が「全日本少年春季」となっているのは、この大会の先にある全国大会が来年3月にあるからです。記事を出してから夜、奄美新聞から確認の電話がありましたが、大会名を間違えたわけではありません。

 毎回中学野球を観戦すると、「野球の教科書」的な要素が詰まっていると実感しますが、1、2年生新チームの最初の試合は、より基礎・基本的なことの大事さが詰まっているように感じます。投手であれば、速い球を投げること以上にストライクをしっかり投げられること、打者・走者であれば長打を打つ以上に送りバントを決められることや走者を進める走塁ができること、判断をしっかりして走塁ができること、野手はファインプレーをすることよりも処理できるボールをしっかり処理できること…勝つチームはそういったことが相手より確実にできているし、負けたチームはそういったことのミスが敗因になって敗れています。決勝戦はそのことがよく分かる試合でした。
 経験を積む最大のメリットは、次に生かせるヒントをたくさん得られることです。敗れたチームは敗因の要素を一つずつ分析して、改善を目指し、勝ったチームは自信をつけて更に上を目指す。そういう作業をしっかり継続できるチーム、選手が結果を残せるようになる。それは野球に限らずあらゆる競技、年代に共通していると僕は考えます。

【9月7日】
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 通常抽選会は土日にありますが、今回は大半の学校が体育祭明け振替休日にあたる月曜日の午後にありました。
 組み合わせがどうなるか、大会の行方を方向付けるだけに、毎回各チーム注目するものです。今回は九州大会が鹿児島開催ということで、いつもなら決勝進出2校の出場枠がベスト4の4校となっており、どのパートに自分たちが入るのか、そして注目校やライバル校はどこになるか、組み合わせが決まるたびにいつも以上にあちこちでどよめいていたように感じました。
 樟南、神村学園、鹿屋中央といった実力校がノーシードで、どこに振り分けられるか、最初の注目ポイントでしたが、これらを含む注目校の多くが左側のパートになりました。池田―加治木工のパートはどこが勝ち上がってもおかしくない激戦区です。またれいめい―鹿児島、池田―加治木、樟南―加治木工、大島―鹿児島玉龍、枕崎―鹿児島南とシード校の初戦は注目したい好カードが続きます。さてさて、どんな大会になるのか、楽しみです。

【9月8日】
 ネット動画にこんなにも見入って涙することがあったとは!

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 「情熱大陸」で川淵さんが取り上げられるのを知っていたのに、うっかり見逃して残念に思っていたところ、ネットで動画を見かけて思わず見入ってしまいました。
 いろんなシーンに「リーダーとしてのあるべき姿」が散りばめられていましたが、一番心打たれたのは制裁解除の報告を女子代表の選手のところに直接出向いて伝えたシーンでした。自らの言葉で制裁解除を告げると同時に、協会の不手際を陳謝し、涙を流しながら選手たちに頭を下げたのです。
 普通に考えれば、国際試合出場停止処分は川淵さんの預かり知らぬ話であり、選手たちに頭を下げるべき人間は他にいるはずです。その真意は想像でしか語れませんが、それが組織のトップに立つリーダーの果たすべき責任という思いがあったのでしょう。自身の体験でかつてサラリーマン時代に子会社に左遷された時、そのことを直接人事担当者から話してもらえなかったことが心に引っ掛かっていて「以来、大切なことは面と向かって自分の言葉で伝えるようにしている」といいます。
 選手たちからみれば、川淵さんは五輪に出られないかもしれない不安を取り払ってくれた「恩人」です。「俺が制裁解除の功労者だぞ」と恩に着せる態度をとってもおかしくないほどの人です。しかし川淵さん、そんな態度は微塵も見せず、バスケット協会会長としてアスリートファーストの姿勢をみせられなかったことをわび、1人のアスリートとして正直な憤りの涙を流していました。リーダーがそんな姿を見せて、国を代表するトッププレーヤーが心意気を感じないはずがありません。先日の女子日本代表が決勝で強敵・中国を圧倒してリオ五輪の切符をつかんだ背景にはそんな事情も底流にあるような気がしてなりません。

 川淵さんには2000年3月に、一度だけお会いしたことがあります。サッカーのアジアクラブ選手権があった時の、鴨池陸上競技場の貴賓室でした。記者会見とかインタビューとかそういった類ではなく、ちょっとしたあいさつ程度の雑談だったと思います。その頃僕は鹿児島新報に入社して丸2年程度の若造で、雲の上の有名人と直接話ができて舞い上がっていました。
 「鹿児島は九州でもトップクラスの良い素材が集まったサッカー土壌がある。Jリーグを目指すような市民球団は作れないものか」。
 どこが勝った、負けたに一喜一憂しながら日々の仕事をこなしていた僕に、「市民球団を作る」という発想を教えてくれたのが川淵さんでした。その時「手本にしてみては」と言われたのがJ2の水戸ホーリーホックでした。たまたま朝日新聞の水戸支局に大学の同級生がいたのを思い出して、記事を送ってもらったり、クラブ関係者に電話取材して1本の評論原稿を書きました。大きな企業が丸抱えにするのではなく、いくつかの法人会員や個人会員がクラブを支えるという発想を学びました。記事が出たその日、たまたま別の用事で会社に来た鹿実サッカー部の松澤監督から「良い記事が載っていたね」と褒められたことも懐かしい思い出です。

 あれから15年が経ちました。今ようやく鹿児島にもJを目指す鹿児島ユナイテッドがJFLを戦い、バスケットのレノヴァは新リーグの2部入りが決まりました。サッカーも、バスケットも、鹿児島より先を進んでいるところはたくさんあります。15年経ってもまだこんなところなのかとくじけそうになりますが「本当の失敗とはミスを取り返そうとしないこと」だと川淵さんは言います。
 78歳の大先輩があれだけのことをやれるなら、40歳の若造はもっともっとやれること、やるべきことがある。そんなエネルギーがふつふつと湧いてきました。

【9月10日】
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 久々の映画デー。長時間見ていた気がしたのに、実際は2時間も経ってなかった。中身が濃くて、いつの間にか夢中で見入ってました。主役の老人と少年のコンビが良い味を出していました。最後の少年のスピーチが心にしみました。


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