2012.03.11 あれから1年
【本日の業務】
・事務作業
・縄文の森駅伝
・バスケットサミット取材

(きょうの一枚)=バスケットサミットの会場で購入した「隆さんラーメン」&「ラフ・カレー」
レノヴァグッズ_025


 東日本大震災からきょうで1年が経ちました。福島、宮城、岩手の3県を中心に死者15,854人、行方不明者3,023人(3月8日)、2万人近い人の命が一瞬にして奪い去られ、今も多くの人たちが苦しい避難生活を強いられています。福島原発の事故のため、今なお放射能の危険におびえながら、街全体が廃墟と化してしまったところもあります。亡くなられた方々の尊い御霊に心から哀悼の意を表します。きょうは縄文の森駅伝の開会式とバスケットサミットのレノヴァの試合前に黙とうをささげる時間がありました。

 1年前のあの日、僕は何をしていたのでしょう。気持ちもふさぎただ毎日を無為に過ごしていた日々でした。記憶にあるのは、その日九州新幹線の全線開業イベントの前夜祭を、取材する予定だったのが震災で中止になり、ただただ呆然とテレビで流れる災害報道を眺めていたことぐらいです。幸い、僕の家族やその周辺で犠牲になった人はいません。1年が経ち、今はおかげさまで日々元気に過ごせるようになって、あの震災のことを考えています。
 うちの両親は戦後生まれで60年近くたちますが、間違いなくこの間で起こった最大の惨事だったといいます。この100年間でみても戦争を除けば、これほど多くの人命が一時に失われ、多くの人が苦境に立たされ、社会の在り方そのものが揺らいだ出来事はないでしょう。
 「起こったこと」を「なかったこと」にはできません。僕が言えるのはただ一つ。今生きている私たちは、精いっぱい命を燃やして生き抜き、社会をよりよくしていくことです。家族を、仲間を、街を…身近にいる人たちから手を取り合い、1人1人が自分のできることに英知を働かせ、より良い社会を築くことが生きている私たちの使命だと思うのです。そうでなかったら、2万人に近い人たちの魂が浮かばれません。

 日本はあの戦争で2度も核兵器を浴び、多くの犠牲者を出しながら、原発という怪物を生み、3度目の「核の洗礼」を浴びています。私たち1人1人が生き方を見直し、社会の在り方を考え直さなければならないというこれも天からの試練なのでしょう。
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