【10月23日昼】
141023桜島一周_035
 ふと思い立って、桜島を1周、自転車で旅しました。
 1冊の絵本が度にいざないました。「桜島まるごと絵本」。かつて南方新社で僕の本の編集を担当したこともあるS君が、独立して初めて出した絵本でした。身近にありすぎるため、知っているようで知らない桜島のことがいろいろ描いてあったので、自分の目で見て、身体で感じてみたくて、自転車で1周してみました。
 ランニング桜島で毎年走るコースは平坦で走りやすかったですが、そこを過ぎるとかなりハードなアップダウンの繰り返しでした。あちこちに退避豪や避難のための小さな港が整備されており、危険と隣り合わせで日々生活していることを思い知らされました。
 黒神の埋没鳥居も初めて見ました。目の前にある定食屋さんで椿ちゃんぽんを食べました。女将さんが灰と共生する生活の一幕を話してくれました。特に今ぐらいの時期から春先まではほぼ毎日灰に見舞われるため、水道代が2カ月で1万円を超えるときもあるとか。この辺一帯は、昭和火口がすぐ間近に見えて、煙が上っていました。対岸の鹿児島市側からではなかなかうかがい知れない火山と共生の日々を実感できました。
 ちょうど100年前の対象大噴火で流れ出た溶岩で大隅半島の地続きになった場所です。かつて桜島が島だった頃は、島めぐり1周の船漕ぎ大会があって、島中が盛り上がったといいます。噴火して地続きになり、その後も度々あった噴火による溶岩や灰で覆われ、島を離れざるを得なくなった人々も大勢いました。その一方で、故郷への愛着からここに踏みとどまり、努力に努力を重ねて桜島大根や小みかんなどの特産物を生み、たくましく生きている人たちがいて今の桜島があることを思いました。
 100年前溶岩で覆われた場所も、木々が生い茂り、女将さんの話では「人よりもイノシシやタヌキの方が多いかも」というほどだとか。絵本の中にもありましたが、そんな場所にもたくましく根を張り、生命力を回復させた自然の力は偉大です。100年は長いようですが40数億年の地球の歴史からみればほんの一瞬の出来事です。
 ふと原発のことを思い出しました。自然災害なら100年も経たないうちに回復できるけど、原発事故はひとたび起これば人間の小賢しい知恵ではとても回復できないほどのダメージを生態系に与えます。伊藤知事は川内原発の再稼働に躍起となっているようですが、その愚行に早く気付いて考え直してほしいものです。
 トータルで50キロ余りの自転車旅行。心にも身体にも、いろんな刺激があった一日でした。

【10月23日夜】
141023城山観光_035
 夜は両親からのプレゼントで、城山観光ホテルに宿泊。中華料理店で食事をしました。うちの両親と嫁のお母さんと5人で披露宴のお疲れさん会ということで盛り上がりました。
 初めて入った薩摩乃湯も堪能し、めったにない贅沢を満喫しましたが、部屋に戻り、携帯でドラフト会議の結果をチェックして青くなりました。喜界高出身の原選手がヤクルトから7位で指名されています。候補には挙がっていたので、あるかもと思って工大の監督さんに事前にチェックの電話は入れていましたが「調査書も来ていないし厳しいだろう」とのことで、学校で張り付くことは断念しましたが、それが裏目に出ました。
 夜十時を過ぎていましたが、会社に電話をして確かめてみると、こちらも全くのノーマークでした。仕方がないので、最低限できることをやろうと急きょ走って自宅に戻り、簡単な記事と、鴨池でプレーしている写真を送りました。幸か不幸か、ホテルと自宅が近かったので、できたことでした。
 本当に最低限のことしかできなかったので、悔しさでいっぱいでした。そうならにように気をつけてはいたつもりですが、披露宴後、どこか気が抜けてしまっていた日ごろの生活態度の甘さが招いたミスでした。良い教訓になりました。

【10月24日】
 心を入れ替えて、お仕事に打ち込みました。
141024紬体験2_035
 午前中は大島紬の機織り、ハンカチ染の体験授業が女子高であるということで取材。ちょうど正月号でも大島紬を取り上げたいと思っていたので、その下準備も兼ねていました。
 事務室で取材の旨を伝えると、教頭から一般生徒の顔がはっきり分かるような写真はNGとのお達し。ネット社会で何かと不穏なことがあり、学校側が個人情報保護を盾にとって神経をとがらせる気持ちは分かりますが、こちら側としてはあまり良い気持ちではありません。僕の前に取材に来たNHKの取材陣は結局取材を断念したそうです。実際取材に行って生徒たちの様子をみていると、むしろ積極的に写りたがって、カメラにピースサインをする子もいました。
 良い表情の写真を撮りたいのがカメラを構えるものの本能ですが、それができないのが口惜しいところです。取り締まる側の気持ちも分からなくはないだけに、この問題をどう解決したらいいのか、思案のしどころです。

141024ドラフト原1_035
 11時からは原君の会見があるというので、早めに切り上げて国分へ車を飛ばしました。
 原君や工大の監督さん、両親らに取材し、その後電話で喜界高時代の恩師の久保さんや、現監督の床次先生に話を聞いて記事をまとめました。大島のセンバツ出場に喜界島から3人目のプロ野球選手誕生、奄美の野球がこんなにも熱く注目されたのは過去になかったことでしょう。「離島のハンディー」から逃げることなく真正面から立ち向かい、それを乗り越えたときに生まれるパワーのすごさが確かにあることが実感できました。自分たちも見習わなければならないことがたくさんあると思いました。
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