141011結婚披露宴01_035

 2014年10月11日は、僕と妻・恵が華やかなスポットライトを当てていただいた日でした。

 台風19号接近という懸案事項はありましたが、県内を中心に、北は北海道から南は沖永良部島まで、200人近い招待客に祝って頂きました。午後3時半に人前式が始まってから、午後5時からの披露宴、2次会が終わってホテルで一息ついた午前1時半までの約11時間あまり、これほど時間が「アッ」という間に過ぎるものなのだと思えたのは初めての経験でした。

 特に緊張はしていないつもりでしたが、人前式のチャペルの扉が開いた瞬間からしばらくがかなりやばかったです。披露宴は200人近くになるのは分かっていて心の準備もできていましたが、まさか式に立ち見が出るほど来ていただけるとは思ってもみませんでした。入口から入って、学生時代の合唱団の先輩と後輩の顔を見た瞬間、感極まって感情が決壊しそうになりました。
 これではいかんと気を取り直し、リハーサルで言われた式の手順を一つずつこなしながら、何とか冷静さを取り戻そうとと悪戦苦闘でした。指輪の交換の時、嫁さんの左手薬指にはめようとすると、関節に引っかかって先に進みません。この時点で頭の中が真っ白になりましたが、お客さんが爆笑してくれたことで、ようやく落ち着くことができました。嫁さんが途中まで自分ではめて、最後の締めを僕がして、無事交換を終わると、そこからは全てのイベントが怒涛のジェットコースターのごとく過ぎていきました。

 司会進行はMBCの岡田アナ、FMかごしまのゆっきーの後輩&レノヴァMCコンビが担当です。北海道から来ていただいたジャズシンガー・スージーさんのライブ演奏をBGMに新郎新婦入場。2人を引き合わせてくれた、近頃では公務員専修学校のCMでもお馴染みの児玉先生の、かごんま弁丸出しのあいさつで会場はかなりなごみました。嫁さんの女子高時代の恩師・西村先生の祝辞は「スポーツには勝ち負けがあるけど、夫婦生活は引き分けが大事」という言葉が胸にしみました。鹿実野球部総監督の久保先生の「将来はメジャーリーガーを産んでください」との激励で乾杯となり、楽しい宴が始まりました。

 僕の学生時代の恩師・浅野先生は、病気療養中で残念ながら参加できないということで、長文のメッセージを寄せてくださいました。友人代表のスピーチはSCCの太田さんにお願いしました。「スポーツの勝ち負けや、感動の押しつけではなく、スポーツの本質を突いた記事を書くことを尊敬している」と言われた時には本当にありがたかったです。嫁さんの友人寺ちゃんの言葉は長ーい付き合いの中で、本当に嫁さんのことを温かく見守っていたことが分かるスピーチでした。甲突川RCの皆さんを始め、サプライズの祝電もたくさんいただきました。
 お色直しから後の後半部分では、レノヴァオフィシャルチアのレディーラックがダンスで盛り上げてくれました。野球部の後輩4人がお祝いのメッセージと同時にマスターズ甲子園出場の報告。帰り際には80人以上の方が寄付をしてくださいました。
 余興のトリを飾るのはスージーさんのライブ。サプライズで壇上にあがり、ぎこちないダンスを踊る一幕もありました。フォトサービスで各テーブルを回りながら、なるたけ多くの人とお話してお礼を述べました。嫁さんが良心へお礼の手紙を読むのを僕はマイクを持ちながら聞き入っていました。
 両家を代表してうちの父があしさつし、オオトリで僕があいさつしました。式場の入り口でお客様をお見送り。いろいろと至らないところもあったかと思うのですが、多くの方から「来て良かったよ」と言って頂けて救われました。

 急いで後片付けをして、2次会の会場に向かおうと外に出ると、台風の影響でかなりの風が吹いていました。「この風だと2次会にいかずに帰る人も多いかもしれない」と心配しながらも2次会の会場に足を運ぶと、披露宴には参加できなかったけど、2次会からお祝いに駆けつけてくれた人も多数いて、40人あまりで式の余韻を楽しみ、大いに盛り上がりました。

 すべてのイベントが滞りなく終わって、再び式場のホテルに戻り、部屋で横になって、ようやくくつろぐと、いろいろなことが走馬灯のように思い出されました。

 この1週間あまりでしょうか。ある感情の正体がずっと分からなくて、頭に引っかかっていました。嫁さんには「マリッジブルーかも」と冗談で言ってましたが、寂しいとか不安という感情とも違います。
 10年前、処女作の出版記念パーティーのときも、同じく200人ぐらいの参加者でしたが、あの時とは準備の心境が全然違います。あの時は、新報廃刊というアクシデントもあって、使命感に突き動かされるように、あれもこれもアグレッシブに動いて回っていたのに、そんな貪欲な積極性が出せないのです。動かない馬の尻を叩くように、とにかく来ていただく方に失礼のないようにと自分に鞭打ちながら準備を進め、何とか当日を迎えることができました。

 すべてのイベントが滞りなく終了して、一息ついて、ようやくこの感情の正体に気づきました。
 この日は僕と嫁さんがまばゆいばかりのスポットライトを浴びた1日でした。実際にライトが当たっていたし、何枚も写真を撮られました。
 よくよく考えてみると僕は普段、写真を撮る仕事をしています。写真にしても、取材して記事を書くことにしても、僕の仕事はいわば「人にスポットライトを当てる」ことです。それが真逆の立場になった違和感でした。
 実を言うと、招待客のメッセージカード200人分を全部書き終えた披露宴前日ぐらいから、体調を崩しかけていました。披露宴や式の最中には「緊張しているぞ!」と野次られましたが、正直心の中は強がりでなく落ち着いていたと思います。
 頭の中では整理できていましたが、身体はスポットライトを浴びることを恥ずかしがっていたのでしょう。その心と身体のバランスのずれが、体調不良だったり、妙な違和感の正体だったわけです。

 1日経って落ち着き、式の余韻を楽しみつつも、徐々に日常のリズムにシフトしていってます。僕の仕事は人にスポットライトを当てること。あの披露宴はそのことを気づかせてくれたイベントでした。
 披露宴が終わったからといって何が変わるわけでもありません。入籍してから5カ月間と同じく妻・恵を支え、良き夫、家族となり、これまで以上に鹿児島のスポーツや奄美にスポットライトを当てて、いろんな人に伝えていく仕事を充実させていこうと思います。
 あらためて式に来ていただいた皆さん、残念ながら来られなかったけどお祝いの気持ちを伝えてくださった皆さん、司会の2人やホテルスタッフなど裏方で支えてくださった皆さん、この披露宴に関わったすべての方にこの場を借りて感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。
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