【本日の業務】
・事務作業
・取材
・オルタナ


 びっくりするような暖かい一日でした。長時間車を外にとめていたら車内が熱くなっていました。昼間は薄着で外に出ても大丈夫なぐらいです。しかしこれは春先にみられる「バカ陽気」のようなもの。油断しているとこんなときに体調を崩してしまうので注意したいところです。

 午前中は単行本の取材で神村学園の山本監督にインタビュー。その生い立ちから話を聞くのは初めてで、刺激に満ちたあっという間の2時間でした。
 生粋の大阪人である監督さんが鹿児島に来たのは5年前です。その頃40代半ばでしたが、高校野球の監督をしたことは一度もありません。ただ大阪と兵庫で審判を務め、甲子園でもジャッジを経験しています。日本に幾多の甲子園監督がいますが、審判と監督で甲子園を経験したのは山本監督1人だけだそうです。
 そんな監督さんがなぜ、鹿児島に来て監督になったのか。その辺は後のお楽しみとして、話を聞きながらあることに気づきました。鹿実の久保監督、樟南の枦山監督、鹿実サッカー部の松澤監督、僕がよくしっている鹿児島の名将たちと共通する部分が山本監督にもありました。それは「自分の意志で監督の仕事を選んだわけではない」ということです。
 久保監督、枦山監督はどちらも会社員だったのが、事情があって監督を引き受けざるを得なかった。監督になったきっかけはどちらも「恩師に頼まれたから」です。松澤監督の場合は、そもそも学校の先生になるつもりもなかったのに、なりゆきで学校の先生になり、サッカー経験者ということで監督を引き受けました。山本監督の場合も、きっかけは前任の監督に頼まれて鹿児島に来て、前任の突然の辞任というアクシデントがあって、監督にならざるを得ない状況がありました。
 プロサッカー選手を夢見て○○高校に進学する。指導者として全国制覇を夢見て教員になる…人生に対する「目標」を掲げ、一つ一つをクリアしながらステップアップを繰り返して、偉業を成し遂げる。小学生に読み聞かせるような偉人伝の立身出世物語がこうだとしたら、この4人はそれと対称的な人生を歩んでいます。競技や学校、監督になった事情は様々だけれど、そういう人が全国制覇や、それに匹敵する実績を残していることに興味をそそられます。
 「天命」という言葉を思いつきました。「天から人間に与えられた、一生をかけてやり遂げなければならない命令のこと。また、人がこの世に生を授けられる因となった、天からの命令のこと」とウィキペディアにあります。この4人にもう一つ共通するのは、大きな試練や逆境を監督なりたての頃に経験していること。普通の人なら逃げ出してもおかしくないような状況の中を逃げ出さず、そこにまるで自分の「天命」を見出したかのように、地道にコツコツと日々を重ねたことが結果としての「偉業」を生んでいるのです。

 人は自分のなりたいように人生を送れるのがベストでしょう。でも中々うまくはいきません。社会生活を営む上では、どうしても他者とのかかわりの中で生きていなければいけないから、時には自分の意思に反することも受け入れなければならないことが出てきます。「したくないから」と逃げ出すのも一つの道ですが、意識するしないにかかわらずそこに「天命」を見出し、前向きに必死で乗り越えようとすると、そこに「エネルギー」が生まれます。この4人と話をしていると普通の人には中々まねできない「エネルギー」に満ちていることを感じます。

 考えてみれば僕ももともと「スポーツ記者」になることを夢見ていたわけではありません。「新聞記者」になりたいという夢はありましたが、その分野がスポーツになることとは思っていませんでした。社会人生活をスタートさせた鹿児島新報でたまたまスポーツ担当になり、様々な紆余曲折はありながら「鹿児島のスポーツを伝えること」を自分の天職のように感じて頑張っているつもりです。この4人のような「実績」には遠く及びませんが、そこからいろんなことを学び、負けないような実績を残したいものです。

 お昼には「虎太郎」でランチをしながら、同級生の大将とうちのカラオケボックスでアマチュアミュージシャンのミニコンサートをしてはどうかというアイディアで盛り上がりました。本格的なミュージシャンじゃなくていい。趣味で音楽をやっている人やグループが、うちのパーティールームを使って10~20人程度の観客の前でミニライブをする。うちは場所と軽い飲み物を提供するぐらいなので準備はそれほどかかりません。「観客」はミュージシャン自身が連れてきます。そういう人たちがたくさん集まって、例えば長渕剛が福岡の「昭和」というライブハウスで腕を磨いたように、アマチュアミュージシャンの「登竜門」みたいな場所にうちがなったら最高だと思いました。
 店長に聞いてみると、だいぶ以前にライブをやったことがあるそうですが、あまりにも音響が響いたり、客が床を踏み鳴らすので、下の焼肉屋からクレームがきてできなかったそうです。やるなら完璧な防音設備を整えなければいけませんが、残念ながらそれだけの投資をする体力がないといいます。
 今すぐ理想通りのことができるとは思いませんが、それでも何らかのかたちでやれることはあるはず。別に本格的なバンド設備じゃなくても、ギターの弾き語りとか、何かこの規模でもできそうなことを探してみればいいのです。夜10時以降の下が閉店して以降なら大きな演奏もできるとか、知恵を絞ればいろんなことが考えつきます。まずは、ためしにどこかやってみて実験してみたいものです。「できない」理由を考えても何も生まれない。「できること」を探すのが前に進む道です。
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