FC2ブログ
【きのうの業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・京都旅行


54255194_1326153667532569_4355208481523892224_n.jpg
 学生時代を過ごした京都に5年ぶりに足を運びました。目的はただ一つ。大学のゼミの恩師・浅野健一教授の最終講義を受けるためです。

 同志社の今出川キャンパスに足を運んだのは、ちょうど5年前の今頃、大島のセンバツ出場の甲子園出場で関西にしばらく滞在した際、対戦相手の龍谷大平安の練習を取材した帰りに立ち寄った以来でした。あの時はキャンパスを少し歩いただけでしたが、今回は良心館という僕らが学生時代にはなかった新しい講義棟に入り、4時間以上に及んだ講義を聞きました。

 京都に足を踏み入れてから、20数年前の学生時代の記憶が走馬灯のように蘇りました。入学したのが1994年、25年前のことです。ちょうど平安建都1200年で沸いていた年でした。鹿児島は昨年が明治維新150年でしたが、京都には1200年以上、日本の中心としての歴史の積み重ねがある。そんなことを体感したくて京都の大学に進学したことを思い出しました。社会人になって20年はスポーツから切り離せない毎日を気づいたら送っていますが、学生時代の4年間はスポーツとはほぼ縁がなかったです。浅野ゼミでジャーナリズムについて学び、同志社学生混声合唱団のメンバーとして宗教音楽を歌っていた4年間でした。

 浅野教授が共同通信から大学教授に転身した年に、私たちも入学しました。入学した94年に松本サリン事件があり、翌95年には阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件と世の中を震撼させる出来事がありました。97年には神戸で連続児童殺傷事件という痛ましい事件もありました。90年代中盤から後半、世紀末に向かって日本社会にあったこれまでの価値観が大きく揺らぐような時代に学生時代を過ごしました。浅野ゼミでは現場で働く様々なジャーナリストの方々だけでなく、松本サリン事件で第1通報者でありながら被疑者扱いされた河野義行さんや甲山事件の山田悦子さんといった「報道被害者」の方々にお会いすることもありました。

 浅野ゼミで学んでいなければ、ジャーナリストの仕事とはテレビのありきたりなミステリードラマに出てくる事件記者のように、犯罪者を告発して正義の味方になることだと勘違いしたかもしれません。社会を冷静な目で見つめ、自ら現場に足を運び、市民の声を聴き、民主的な社会をより良くしていくために必要な情報を世に問うことがジャーナリストの責務であると学びました。現実社会に訳知り顔で妥協するのではなく、掲げた理想に一歩でも半歩でも近づくために、人と人とが協力して行動していくことの大事さを教わりました。

 講義の最後でミュージシャン・中川五郎さんのミニライブがありました。

 「大きな世界を変えるのも、1人の小さな動きから」

 歌詞の文言が胸を揺さぶりました。私が浅野ゼミで学んだ精神もまさにこの言葉だったと思います。短い時間でしたが、自分が大人になる前の原点を思い出させてくれた貴重な時間でした。
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://jtsukasa.blog.fc2.com/tb.php/1997-33be733f