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2018.02.23 最期の言葉
【本日の業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・メルマガ発行
・家族のサポート
・NPO法人書類
・ランニング
・仮通夜


170918ひいばあちゃんとこころ
 朝起きたら、夜中に父からの着信履歴が残っていました。虫の知らせを感じて朝返信したら、祖母が亡くなったという知らせでした。

 昨年末から体調を崩して入院していました。食欲がなく食べ物を受け付けなかったそうで、お正月にお見舞いした際は、痩せてしまって印象がガラッと変わって、何を問いかけても反応がなかったので、もう長くはないのかもと覚悟はしていました。

 最期に会ったのは今週の月曜日です。県庁に資料を受け取りにいった帰りに医師会病院に寄りました。相変わらず痩せてはいましたが、「おはよう」と言葉をかけると「おはよう!」と元気な返事がありました。その後はほとんど何を聞いても答えませんでしたが「3月にまた鹿児島マラソン、走るから応援してね」と言うと、力強くうなずいていました。その翌日から体調が急変したらしく、結局あれが生前の祖母との最期の会話となってしまいました。

 奄美出身の父方の祖父母にとって、初孫だった私はたいそうかわいがられました。新屋敷町に本家があり「新屋敷のじいちゃん、ばあちゃん」の家は幼い頃の私にとって愛情にあふれた居心地の良い場所でした。祖父が亡くなったのは私が大学3年生の正月、21年前のことです。9年ほど前、弟と2人で食事に誘った際、ふと「じいちゃんに会いたい」ともらしたのが聞こえて、たまらない気持ちになったのを思い出しました。

 私が長く結婚もせず、フラフラしていたので心配をかけたと思います。4年前に結婚し、純大とこころ、2人のひ孫を会わせることができたのがせめてもの孝行でした。

 今頃、久しぶりにじいちゃんと会って、21年間の間にあった家族のことをいろいろお話していることでしょう。これで父方、母方、両方の祖父母が天国へと旅立ちました。生まれてから43年もの間、無条件に祖父母たちに愛された私は本当に幸せでした。そのことに心から感謝し、これからはより一層、自分の家族を、祖父母たちが私を愛してくれたように愛していこうと思います。
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