【本日の業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・スポかごNEWS、メルマガ発行
・南九州陸上取材


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 土曜の夜、強化部長などで長年、鹿児島の陸上界を導いてきた瀬戸口良一先生が亡くなられたということを知りました。
 
 まだ鹿児島新報で駆け出しだった頃から、陸上取材でお世話になった先生です。鹿児島南におられた頃でハンマー投の吉津君、百十障害の野元君といった全国クラスの選手がインターハイや国体で活躍したのを思い出します。

 2000年1月、全国都道府県男子駅伝で鹿児島が初優勝しました。現場での取材はできませんでしたが、優勝報告で会社にあいさつに来られた時、この駅伝の大会が決まった頃から、中高校生と実業団選手を大会で競わせるなど、独自のジュニア強化に取り組んだ成果だという話を聞き「鹿児島でもやれる」という3回連載を書きました。拙著「地域スポーツに夢をのせて」にも収録しました。今の私の活動にもつながるきっかけになった記事です。

 この直後に、強化の中核をになった京セラが国分を撤退するというニュースが飛び込み、スポーツ担当の記者になって初めて「義憤」を感じた出来事もありました。南高校の教官室で瀬戸口先生の話を聞きながら企業とスポーツの在り方について語り合ったことを思い出します。

 強くなるためには、そこを目指して段階を経た過程があること、スポーツそのものの在り方について考えること、今の活動の柱は瀬戸口先生を通じて学んだことが原点になったといっても過言ではありません。

 その後も競技会などでお会いするたびに、陸上に限らず、鹿児島のスポーツ界全体のことについて話しました。視野の広さ、アイディアの豊富さ、発想の柔軟さを学ばせていただきました。

 夜は熊本から帰ってすぐにお通夜に行きました。棺の中に「陸上マガジン」の最新号が添えられてありました。短い時間でしたが陸上をはじめ多くのスポーツ関係者がこられていたところに、お人柄が感じられました。今は福岡で活動している野元君に再会し「自分にとっての陸上のお父さんです」と話していたのが印象的でした。

 熊本ではインターハイを目指した高校の南九州大会、鹿児島では小学生の県大会、大きな陸上大会の真っ最中に亡くなられたことに、陸上を愛して生き抜いた先生らしさを感じました。3年後に鹿児島国体を控えており、まだまだ学びたいことがたくさんありました。

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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