【本日の業務】
・手帳、帳簿、日記
・コアトレ、ストレッチ
・スクラップ、スポかごNEWS発行
・読書
・PV取材
・原稿


151108鹿児島UPV_035
 鹿児島UがついにJ3参入要件をクリアしました。17日のJリーグ理事会で承認されれば、晴れて来季からのJ3参入となります。鹿児島にもJリーグチームが産声をあげることになります。
 きょうはその歴史的な瞬間を誰かと分かち合いたくて、天文館であったPVを取材に行きました。6月のファーストステージ最終節は約120人でしたが、今回は200人が集まりました。注目の高さがうかがえました。勝利で決定という理想的なかたちではありませんでしたが、何はともあれ、ここまで来たことに、選手、監督、運営スタッフ、ここまでチームを支えてきた人たちに敬意と拍手を送りたいです。

 個人的に「鹿児島にもJ」を意識したのは、以前書いたように2000年に鴨池で川淵キャプテンに会ったことがきっかけです。
 具体的にそのかたちを意識するようになったのは02年のことでした。その頃九州リーグに所属していたヴォルカ鹿児島が、リーグ2位で地域リーグ決勝大会に進出。決勝ラウンドまで進みJFL昇格は果たせませんでしたが、鹿児島からJに向けて具体的な動きが始まったのもこの頃です。
 翌03年に支援組織のスポネット鹿児島が立ち上がり、ヴォルカに鹿実出身のJリーガー・前田浩二さんを招聘して強化に乗り出しました。しかしこのときは継続的な支援体制を確立できず、鹿児島からJの道は大きく後退することになります。
 その流れに変化が起きたのが10年でした。FC鹿児島が立ち上がり、11年に九州リーグに昇格。以来13年シーズンまでFCとヴォルカの2チームが九州リーグでし烈な争いを繰り広げます。
 12年12月に両者の統合案が浮上。このときに統合は実現しませんでしたが、13年8月に統合に合意。13年はヴォルカ、FC両者が地域リーグ決勝ラウンドに進み、FCが最終戦で劇的な勝利を挙げ、JFL昇格を勝ち取りました。14年に鹿児島Uが誕生し、2シーズン目の今季、晴れてJ3参入が決まりました。

 こうして振り返ってみると、波瀾万丈いろんなことが15年間であったなぁと思います。じっくり当事者の話を拾い集めていけば、1冊の本が書けそうなボリュームがありそうです。
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