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 息子の入院騒動があり、大掃除もままならないままの年越しとなりました。幸い息子はきのうのお昼過ぎに無事退院し、いつも通りの日常となりました。

 帰ってくるなり、誕生日のプレゼントでもらったブロックや大好きなミニカーで遊び、妹が持っているものを取り上げて泣かしていました。遅々として掃除が進まないことに業を煮やしつつも、こうやって日常の光景が戻ってきたことに安心感も覚えました。夜は妻が改めてケーキを買ってきて2日遅れの誕生パーティーをしました。早目に2人とも寝かしつけたら、3日間、狭い病室で息子につきっきりだった妻もドッと疲れたのでしょう。そのまま眠ってしまい、年越しそばも食べないまま年越しとなりました(笑)。

 いつものような年末年始の特別感はありませんが、逆に日常の光景が当たり前にあるありがたさが身に染みた年越しでした。
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181230純大もうすぐ退院
 2018年も残すところあと2日となりました。今年が自分にとってどんな1年だったかは、先日コラムで「別」という字に象徴されるとコラムで書きました。良いこともあれば、アクシデントに見舞われることもありましたが、総じて悪くない1年だったと思います。年の瀬に入院した息子も間もなく退院できそうです。

 NPO法人、J2…いろんな別世界、別次元へとたどり着く手応えは感じました。これらが特別なものでなく、「当たり前」のものへ昇華していきつつ、更なるレベルアップを目指すのが2019年になります。そんな1年であったと来年の今頃言えるように、また明日からの日々をコツコツと積み重ねていきたいと思います。
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181229純大3歳
 きのうは息子の3歳の誕生日。ハッピーな一日になる予定でしたが、思わぬハプニングに見舞われました。

 夜中から「お腹が痛い」といって泣き出しました。朝起きても気分がすぐれない様子です。定期的にお腹の痛みがやってくるらしく食欲もありません。誕生日のプレゼントをもらっても嬉しさよりも、気分の悪さが勝ってしまうようです。

 お昼、妻が病院に連れていきました。小腸が大腸に入り込む腸重積との診断。すぐに処置して入院しないといけないということになりました。なんでそうなったのか、原因は分かりませんが、乳幼児の男の子の発症例が多いそうです。妻は息子に付き添い、私は娘の面倒を見ることになりました。腸の位置を元に戻す処置がかなり怖かったのでしょう。ずっと泣き続けていたそうです。夕方、私が見舞いに行った時も、放心状態でしたが、帰ろうとすると泣き出してしまいました。夜も「家に帰る」といって泣き続け、なかなか寝付かなかったそうです。

 本来なら夕方、城山の実家で誕生パーティーをする予定でした。玉里団地の「虎太郎」でオードブルを予約していたので、それを受け取り、私と娘と両親と義母と5人で「主役」のいない食事会をしました。

 今朝、妻と午前中だけ付き添いを交代しました。幸い処置が早かったおかげで、お腹の痛みも治まり、一晩寝たことで元気を取り戻していました。誕生日プレゼントで渡したカーズのミニカーが「お守り」になってくれました。ベッドの上で跳ねまわり、普段の調子に戻っていました。明日、診断を受けて問題ないようなら退院できるそうです。

 今年も間もなく終わりますが、この1年間で息子は2度、娘は1度、計3回も子供たちが入院するというアクシデントがありました。親としては不徳の致すところです。幸い、大事には至らなかったことに感謝するばかりです。親である試練を味わった1年でした。
181228霧島旅行
 27日と28日、1泊2日の短い日程でしたが、霧島まで家族旅行に出かけていました。

 妻のたっての希望で、両家の親と子供たち計7人で年末に旅行するのは恒例行事となりつつあります。一昨年は震災復興を利用して阿蘇・人吉、昨年は指宿、今年は霧島でした。

 おとといは霧島神宮に参拝して、高千穂牧場、たまご牧場で遊び、霧島ホテルに宿泊。きのうはまほろばの里に行きましたが、寒さが厳しく断念し、和氣神社、嘉例川駅を見学してから姶良のイオンで買い物、食事をして帰宅という日程でした。

 古の神々が降り立った場所だからでしょうか、神秘的な雰囲気とあたたかな温泉に癒されて…といきたいところですが、小さな子供2人を連れていくとその面倒を見るのに大半の時間を割かれ、かえって疲れたかも(笑)。それでもこうやって家族で過ごす時間があるのは何より幸せなことだと、毎年企画立案を考える妻に感謝です。
2018.12.26
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181225クリスマス
 今年も残り1週間を切ると「1年を振り返る」企画、話題が多いです。今年を表す漢字は「災」だったとか。自分の今年を1文字の漢字で表すとしたらどうなるかをコラムで書きました。

 朝起きて、枕元にあったプレゼントに喜ぶ子供たちを見ていると、親になった喜びを感じます。このところイヤイヤ期マックスで、こちらのやって欲しいことの真逆をやりたがる息子に手を焼く日々ですが、素直な笑顔はいつみても良いものです。

 29日で3歳になります。クリスマスプレゼントに誕生日、もうすぐすればお正月のお年玉…こんなにも短期間に良いこと満載で、贅沢を覚えてしまったらどうしようかと少し心配になります。

 よくよく考えれば、私も誕生日が12月18日で、1週間後にクリスマスが来るからといって親や親戚も「両方を一緒に」ということはありませんでした。誕生日、クリスマス、正月、その間に餅つきがあったり、家族旅行があったり、ワクワクするイベントが目白押しだったので、「1年で一番好きな月は?」と聞かれれば、迷わず「12月」と答えます。夏よりも冬が好きなのはその影響でしょう。贅沢を覚える心配をするよりも、楽しみや幸せを感じる喜びをどう伝えていくか。これもまた親の役目であり、楽しみでもあります。
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 クリスマスイブの一日は、昼間、妻と子供たちがママ友同士でクリスマス会をやるということで外出していたので、思う存分、自分のやりたいことに打ち込めました。

 懸案事項だった原稿を書き、午後3時過ぎからランニング。朝の時点では30キロ走ると目標を立てていたのですが、時間的に厳しかったので明るいうちに走り切れるだけ走ると決めてスタートしました。

 永吉の家をスタートし、近所の公園で動きづくりをして、甲突川沿いを走ってペースを作ります。前夜、夜中に「下町ロケット」の録画を見て興奮したことでうまく眠れなかったこともあって身体は重く、楽に走っているペースが1キロ5分前後でした。

 小野からライフル射撃場、パールランド病院まで上り坂がダラダラと続く、一番の「難所」が序盤でありました。スピードは上がりませんが、まだ序盤ということもあって楽に前に進めている感覚がありました。ちょうど菜の花マラソンも序盤で上りが続くので良いシミュレーションになりました。

 北部清掃工場からは緩やかに下っていくので、走りは楽になりました。途中で陸協の山方先生とすれ違いました。車以外、人と会うこともまばらな山道で知っている人に会うのは嬉しいものです。

武岡台高校を過ぎて、自宅までいくつかのルートがあります。済生会病院のある坂、明和から小野に下る道、明和から原良、水上坂、早く帰宅して楽になる選択もありましたが、できれば20キロは走りたいと思っていたので、一番遠い常盤トンネルを下る道を選択しました。他のルートはどれも急な下り坂になってしまうので、結局はこの道が一番走りやすかったです。帰宅して走行距離をチェックするとちょうど20キロでした。

 数年前までは12月にあくねボンタンのハーフを走るのが菜の花の良い予行演習でした。近年は結婚したことや仕事の関係で12月初旬に大会に出るのが厳しくなっていたので、長い距離を走らずに菜の花を走って痛い目にあうのを繰り返していました。きのう一日20キロ走ったぐらいではカバーできるものではありませんが、自分に妥協せず長い距離を走れたことは、大会に向けての自信になりました。
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181223神村優勝02
 鹿児島の高校スポーツ界、陸上界に新たな偉業が刻まれました。全国高校女子駅伝で神村学園が初の全国制覇を成し遂げました。写真は現地に行っていた県高体連理事長の山元先生にご提供いただきました。

 県大会と同じく、アンカー区間での逆転優勝ですが、中身は全く違いました。何より1区で3年生の平田さんが区間6位と、全国のエース級が集まる最長区間を好位置でつけたことが大きかったと思います。これまでなかなか大きな舞台で結果を残せず悔しい思いをしてきましたが、集大成の大会で晴らすことができたようです。

 何かと論議を呼ぶ留学生の存在ですが、監督さんや解説者が話していたように、平田さんがこれだけ走れたのも3年間、カマウさんと競い合ったことが大きいと思います。カマウさんとも何度かインタビューしたことがありますが、優勝インタビューでは、これまでより流ちょうな鹿児島弁になっていました。

 「今年は『西郷どん』に始まり、鹿児島の流れだと思っていた」。
 監督さんの第一声。話を聞きながら、全てはこの大会で優勝してインタビューを受けることまでずっとイメージして、この日を迎えたような印象を受けました。振り返れば県予選はラスト2キロまで樟南に先行される予想外の苦戦でしたが、県で苦戦することもこの大会で優勝する過程の一つだったのかもしれません。全てはこの大会に照準を合わせ準備し、それをきっちりやり切った。当たり前といえば当たり前ですが、それをその通りやり切ることがいかに難しいか。思わぬ故障があったり、調子が上がらなかったり、描いた通りにいかないのが駅伝に限らずあらゆるスポーツの難しさであり奥深さです。「鹿児島の流れ」をしっかりものにできたことが素晴らしかったと思います。

 神村学園が作った「鹿児島の流れ」に乗って、バスケットも頑張ってほしかったですが、レブナイズ、ウインターカップの川内、鹿児島純心とも残念な結果に終わりました。とうとう年内にレブナイズの勝利ゲームに立ち会えませんでした。実も蓋もない言い方になってしまいますがオール日本人、もしくは外国籍オンザコート1なら十分やれていると思います。外国籍選手の高さ、能力が大きくものをいうオンザコート2のルールの中で、それでも後ろを向かず知恵と汗を絞る姿を感じます。この取り組みが結果として表れて立ち会える日が来て欲しいものです。
2018.12.20
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 日曜日の夜はSCCのクリスマス会&大忘年会に家族で出たため、「西郷どん」の最終回と「下町ロケット」は録画しておきました。何かと評判の「西郷どん」はまだ見ていませんが、きのうの昼間「下町」を見ました。

 原作を何度も読み返しているので、ストーリーは頭に入っていますが、それでも見ていてグッと引き込まれるものがあります。一番良かったのは、佃社長と財前部長が、台風被害で稲が全滅した新潟の殿村家まで足を運び、田んぼを無人農業ロボットの実験に貸してくれないかと説得に行ったシーンです。

 300年続く米農家の殿村父は、頑なに反対していましたが、「商売を否定しない」と言いながらも「日本の農業を救いたい」という佃社長の熱い想いに動かされて、協力を申し出ました。佃製作所も、米農家の殿村家も、根底にあるのは「良いものを作ってみんなを幸せにしたい」という純粋な想いです。その純粋さに対抗する「敵役」に当たる的場部長やダーウィンプロジェクトのメンバー、農業法人のメンバーは他人を蹴落としても自分を貫こうとする人たちです。対立構図は非常に分かりやすいですが、そこに至るまでに様々な人間模様を緻密に織り込んでいきつつ、最後は水戸黄門的な勧善懲悪で終わるところに何とも言えない爽快感があります。

 多くの人は佃社長とその仲間たちのような「利他」の気持ちが大事であることを知っています。しかし一方で的場部長や重田社長、伊丹社長のような「利己」の欲望を隠せないことも分かっている。大切なのは、佃社長のように「商売を否定しない」と「利己」を認めつつも、「日本の農業を救う」という「利他」の信念を嘘偽りなく貫くことなのでしょう。私の仕事は「文章」というかたちのないものですが、佃製作所の製品や殿村家の米のように、利他の信念と利己の欲望のバランスをしっかり保ちつつ、より良い「品質」のものを生み出せる努力を忘れないようにしたいものです。
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 44回目の誕生日。多くの方からFBやメッセージ、メールなどでお祝いのメッセージをいただきました。ありがとうございました。誕生日を迎えたからといって特別どうということはありませんが、44年間の積み重ねのおかげで、妻と2人の子供の家族をはじめ、多くの仲間に恵まれ、支えられてここまで来ることができました。これからは、もっと周りの人を笑顔に、幸せにできるように精進努力していきたいと思います。

 いつも通りの慌ただしい日常だった中、夕方、ちょっとしたハプニングがありました。鹿児島アリーナであったレブナイズの「ふれあいバスケット」に参加しようと息子と2人で歩いて行ったのですが、自販機の前で「ジュースが飲みたい!」と言い出した息子が駄々をこねて、手がつけられなくなりました。

 仕方がないので強制的に外へ連れ出し、背中でおんぶして帰宅することに。歩いているうちに落ち着いた息子は眠ってしまい、一安心と思いきや家にカギがかかっています。僕らが出かける間、妻と娘は近所の永吉温泉に行くと言ってたのを思い出しました。間の悪いことにカギを持っていなかったので締め出されることに!

 背中には体重20キロの息子、眠っていると全体重がかかってくるので余計に重く感じます。妻に電話をかけてもお風呂中ですから当然出ません。途方に暮れつつ、仕方がないので息子を負ぶって再び永吉温泉まで歩きました。こんなことなら、アリーナから帰る途中で寄れば良かったと思っているうちに温泉にたどり着き、待合場で息子を抱っこしながら妻たちが出てくるのを待っていました。

 幸いすぐ出てきてくれたので、ようやく解放されるかと思いきや、車に乗って帰る途中で息子が目覚め、大泣きし始めました。思うに幼稚園から帰ってから昼寝もせず、動き回ってジュースも飲めず、落ち着いて眠ったと思ったのに目が覚めて不機嫌さMAXに達したのでしょう。

 帰宅しても眠ることなく、「おもちゃ、いらない」「ジュース、いらない」と連呼し、そのうち自分のおもちゃを投げ出しました。さすがにそこまですると妹にも危害が及びそうだったので強制的に寝室に連れていきましたが、機嫌の悪いのは治りません。そのうち「父ちゃん、いらない」とまで言い出してお手上げでした。

 このところ喜怒哀楽の感情が激しく、些細なことでもよく泣くのですが、ここまで手が付けられなくなり、ものを投げるようになったのは初めて見ました。手の施しようがなくなすがままに任せながら、ふと自分にもこんな時があったことを思い出しました。私の場合はもっと手がつけられなくなり、親や周囲の大人を困らせていた記憶があります。こんな激しさを秘めているのかと思うと、気をつけなければと戒めると同時に頼もしくも感じました。

 しばらくして、母親が食事の準備を済ませて応対すると、少しずつ落ち着き、夕食をとるといつも通りの息子に戻り、4人で「USA」を一緒に踊る(?)など、楽しい夜になりました。いろいろありましたが、悪くない誕生日の一日を過ごすことができました(笑)。
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 嫁さんがあさイチで佐世保に出張ということで、終日子供たちの面倒を見ていました。
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 先週火曜日の出来事です。午後、県庁の県政記者室であった記者会見に出ました。3年前、奄美市で当時中1の男子生徒が自ら死を選びました。学校や教育委員会の説明に納得がいなかった遺族が市に第三者委員会の設立を要望。その調査報告書が公表されたことを受けて、父親と遺族代理人の弁護士が会見しました。

 重い会見でした。個人情報の特定を避けるために父親は奄美市在住の40代男性としか明かされませんでしたが、会見では私のすぐ目の前に当事者として3年前の痛ましい出来事とこの3年間の思いを語る姿がありました。40代ですから、私とほぼ同世代です。亡くなったのが3年前の11月4日。私の息子が生まれたのがその年の12月29日。私が初めて子の父親になった喜びを満喫している間、ほぼ同世代のこの父親は大切な我が子を失った悲しみに向き合っていたのだと思うと、とても他人事に思えませんでした。

 第三者委員会が出した報告書は奄美市のホームページでも公表されています。父親は「報告書の中に息子の存在を感じた」と言い、弁護士さんは報告書の中にある「Aさんという1人の人間の、生まれて、生きて、自殺へと追い込まれ生涯を終えた、命の記録である」という文言を紹介しました。この件は、担任や学校側の「指導死」が認定された件としてメディアでも大きく扱われました。学校や教育委員会はこれを真摯に、重く受け止めて再発防止に全力で取り組むことを猛省しなければなりません。

 しかし、学校や教育委員会を批判するだけでは先に進まないと思います。報告書の中には「生徒指導ではなく生徒支援」など再発防止のための具体的な提言がなされています。これらの提言を着実に実行し、同じような不幸な出来事が二度と起こらないようにすることが亡くなった少年や遺族の想いに応えることにつながります。

 「命の記録に応える社会でありたい」

 弁護士さんのこの言葉が胸に残りました。「それぞれの場所で、それぞれ大人として、職業人として、自分のすべきこと、できることを考えて頂き、行動に移していただきたいと思います」と弁護士さんは言いました。私自身もメディアの人間として、子供の父親として、できることを考え、行動していきたいです。
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181216くぅーたろー_035
 実家で飼っていた愛犬・くぅーたろーが虹の橋を渡りました。13日、午後9時頃のことだったそうです。14歳10カ月。立派に「犬生」を生き切った大往生でした。

 今月始め、私たち家族も泊まっていた日の朝、急に足腰が立たなくなり、寝たきりの状態が2週間ほど続きました。ある時期からは食事も水も受け付けなくなったそうです。最期はうちの両親に看取られて静かに旅立っていきました。

 くぅーたろーが我が家にやってきたのは09年の4月です。前年の夏に01年から飼っていた初代ゴールデンレトリーバーのえりぃが突然亡くなり、寂しい思いをしていました。たまたまリビング新聞に写真付きの里親募集が出ていたのを私が見つけて、引き取ることを決めたのが始まりでした。男の子ですが大人しく、滅多に吠えることもなく、女の子に間違われることがよくありました。雷が鳴ると極端に怖がって姿が見えなくなって探し回ったことを覚えています。普段なら絶対に入らないクローゼットの奥に隠れていたのに驚きました。

 結婚して実家を離れ、子供が生まれてからはなかなかかまってやれなかったですが、子供たち2人もよくなついていました。城山の実家で過ごしたのは約10年。我が家の家族の愛情につつまれ、のんびり幸せに暮らした日々だったと思います。私たち家族もたくさんの幸せをもらいました。今頃、虹の橋の向こうで先輩・えりぃと仲良く暮らしていることでしょう。

 母の親友のご主人の告別式に行きました。幼いころから家族ぐるみの付き合いがあり、私も良くしてもらって結婚式にも出ていただいた方でした。64歳。早すぎる旅立ちが惜しまれます。会場に大勢の参列者がいて別れを惜しんでいたところに人柄が偲ばれました。

 期せずして「死」を考えさせられることが続きました。以前、紹介したことがあるかもしれませんが、「七つの習慣」の第2の習慣「目的をもって始める」の書き出しに、自分の葬式の場面を想像し、どんな人が集まって、どんなことを言ってもらいたいかを考えるシーンが出てきます。人生の究極の目的とはすべからくそこに行きつくような気がします。いつかは必ずやってくる人生の終わりの場面で、周りにいる人たちがどう評価してくれるのか。どう評価してもらいたいかを考えて、そのために今何をしないといけないかを考える。そんな人生であるためにきょうを精一杯生きたいと思いました。
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181214餅つき
 午前中は息子の幼稚園の餅つき大会でした。平日午前中ということで、男手が極端に少なかった中、大いに重宝がられました。

 杵で餅をつくというのはかなり力とコツのいる作業です。新屋敷にある父方の実家では幼いころから年末になると餅つきをするのが恒例行事でした。親戚一同が集まって作業し、つきたての餅を食べる。心躍る楽しい記憶となっています。大人になってしばらく途絶えていたのを9年前、一度復活させたことがありましたが、以来我が家でもやっていませんでした。

 私自身も餅つきはそれ以来でしたが、他の誰よりも腰が入って力強くついていたので、一躍ヒーローとなりました。全体の7割ぐらいの餅をつきました。人生でこれほど餅をついたことがないぐらい、つきまくったので、腕が痛くなりましたが、子供たちやお母さん方、先生方に大いに感謝されたので、とても居心地の良い時間を過ごせました(笑)。まさに「昔取った杵柄」というやつです!

 午後は朝日新聞の記者から取材を受けました。NPO法人を立ち上げたことについて話を聞きたいということでした。2時間ほどしゃべったでしょうか。きっかけは鹿児島新報時代の6年間にある。その頃スポーツ担当をして野球、サッカー、バスケット、陸上…さまざまな取り組みをしている人たちに影響を受け、そういった人たちを応援するメディアを作りたいと思ったことが今につながっています。

 いつも思うことですが、たまに取材を受ける側に回ると、自分の頭の中が整理され自分が何を考え、何をしようと思っていたのかが、より明確になります。きのうは期せずして自分の20年間の記者生活を振り返ることになり、これから何をしたいか、何をしようと思って法人を立ち上げたのか、自分の原点を確かめることができました。記事は来週頃掲載されるそうです。どんな記事になるか、楽しみです。ちなみに夜はあまみエフエムに電話出演でした。こちらも毎年の恒例行事となっています。10分程度の短い時間ですが、今年下半期の奄美のスポーツや鹿児島UのJ2昇格について話しました。本日午後1時、午後7時の放送です。インターネットでも視聴できます。
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・協賛会員営業、取材
・自転車
・十三会忘年会


 協賛会員の営業活動は弊社の活動を充実させていく上で欠かせないものですが、このところ取材などに追われて後回しになっていました。きのうは新たに協賛になっていただいた「とり天・からあげ専門店 揚匠 天一」のオーナーとじっくり話しました。

 元々は阿久根で148年間続いた海産物店の5代目を継ぐはずでしたが、家業が倒産。所持金16,000円で夫婦と幼子3人の家族を養っていくために覚悟を決めてフライパン一つで始めたからあげの移動販売の物語は迫力がありました。その模様は後日「夢念夢想」で詳しくお伝えします。オーナーの年齢は私より2つ年下。私の弟や妻と同い年です。最初に移動販売を始めたのが14年の7月ということなので、私が結婚生活を始めた期間とほぼ重なります。「どん底も味わったけれども、前を向いて本気になって取り組めば道は開ける」という言葉に勇気づけられました。

 私自身も14年前の5月に勤めていた鹿児島新報が廃刊になって、一念発起して立ち上げたのが「スポーツかごしま新聞社」です。相通じるものを感じますが、まだまだ自身の取り組みが甘く、やらなければならないことがたくさんあると思い知らされました。考えてみれば「天一」の屋台はレブナイズや鹿児島Uのホームゲームの会場で何度も見かけ、何度も買って食べています。このからあげ一つにもそこに至るまでに深い物語があるのを知るとまた違った味わいになりそうです。身近にあるものを取り上げ、掘り下げ、世に伝えるのが私の仕事。そんな原点を思い返させてくれた取材になりました。
【本日の業務】
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・鹿児島U表敬訪問取材、原稿
・三脚購入
・春秋原稿
・会見取材、原稿


 先日、仕事で使っているノートパソコンがデジカメで撮った写真を読み込めなくなるトラブルが起こりました。2011年6月から使い始めたPCですが、丸7年以上が経過してあちこちガタがきているのをごまかしながらつかっていましたが、写真が読み込めないのは即日常の仕事に直結します。

 あれこれ試したり、いら立ってついPCを叩いたり(反省)、埒が明かなくて途方に暮れそうになった時、ふと「原因はPCではなくカードリーダーにあるのではないか?」と思いつきました。同じようにUSBケーブルでつないでいるマウスは何の問題もなく動いています。試しに別に持っているタブレット型のPCにつないでみても読み込めません。原因は間違いなくカードリーダーにあると確信し、エディオンで購入。ポイントがたまっていたのでそれで買うことができました。きちんと読み込めて問題は解決しました。

 同じ頃、洗濯機も動かなくなるトラブルもありました。いつも通り洗濯物を入れて蓋をして、スイッチを入れたのにしばらくたって表示部に「C2 3」と出てピー音が鳴り続けていました。子供が2人になり、息子が幼稚園に通い出してから洗濯機はほぼ毎日稼働しています。これが動かないとなると日々の生活に大きな障害が出ます。

 修理が必要か、場合によっては買い換えないといけないかなど頭が痛くなりそうでしたが、まずは説明書をちゃんと読んでみようという気になりました。洗濯機を購入したのは確か結婚してしばらく経ってからだったと思いますが、購入して以降一度も説明書は読んでいません。いろんな家電の説明書をまとめておいたところから探し出すと、袋に入ったままの状態でありました。「C2 3」はふたが開いていてちゃんとロックされていない時の表示です。ちゃんと蓋をするようにしたら無事、洗濯機は元通り動くようになりました。

 仕事で使う一眼レフは写真だけでなく動画も撮影できる機能がありますが、今まで使ったことがありませんでした。ある仕事で動画も必要になり一眼レフで撮影しようと思いつきましたが、肝心の動画での撮影方法が分かりません。こちらは人から譲ってもらったものなので説明書もありません。自分ではどうしても分からなかったので、エディオンに三脚を買いにいったついでに店員さんに尋ねてみると「このボタンを押せばいいんですよ」と親切に教えてもらいました。

 家電に関するトラブルが相次ぎましたが、冷静に対処したことで自分が成長できたような気がします。機械いじりは苦手な方ですが、「家電芸人」とはいかないまでも、せめて説明書ぐらいはちゃんと読んで、応急処置の手段ぐらいは身に着けておいた方がカッコいいです(笑)。
2018.12.10
【本日の業務】
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・レブナイズ取材、原稿


181209レブナイズ02_035
 2日間、川内まで通ってレブナイズのホームゲームを観戦。土曜日よりは中身のある試合でしたが、力のあるチームと戦うにはまだまだ力が足りないと感じました。今年から4クオーター全てで外国籍選手を2人使えるようになって、バスケットの質が変わりました。はっきり言えば外国籍選手の能力の差が大きく勝敗を左右するということです。どれだけ知恵と汗を絞っても、インサイドで頭の上からガツンと決められてしまえばどうしようもない。そんなシーンがこれまで以上に多くなった気がします。そこをどうするかも含めて力なのでしょうが、このやり方で日本のバスケットの質は向上するのか、素人ながら疑問に思えます。

181209生活発表会
 息子の初めての生活発表会でした。

 園長先生の挨拶にありましたが、昔は「おゆうぎ会」と呼んでいました。20年ほど前から日々の教育の成果を発表する会ということで「生活発表会」に呼び方が変わりました。確かに私が幼稚園に通っていた40年前(そんな前か~)は「おゆうぎ会」でした。何をやったかの記憶はほとんどありませんが、初めてのおゆうぎ会でパンツの上から白タイツを履いた格好で人前に出たのがとても恥ずかしくて、白タイツが嫌いになったことを思い出しました(笑)。

 息子の出番は3番目。「どんぐりやまへ しゅっぱつしんこう!」ということで、壇上で走ったり、トンネルをくぐったりしていました。自己紹介では緊張して名前が言えませんでしたが、それ以外は笑顔で楽しそうにしていました。午後にレブナイズの取材があったのでそこまでしか観覧できませんでしたが、他の子供たちも一生懸命いろんなことを表現しようとしていたのが微笑ましく、いろんなことを大人も感じた貴重な経験になりました。

 「お持ちのカメラをバッグに収めて裸眼でお子さんを見つめてあげてください。裸眼で見なければ、一生脳裏に残りません。脳裏に残った映像が子育てのエキスになります」。知人がFBでシェアしていた写真家さんの投稿にあったある幼稚園の園長先生の運動会でのあいさつの言葉です。目から鱗のメッセージでした。デジカメやスマホが発達し、誰もが手軽に気軽に動画や写真が撮れるようになりました。ただその分「撮る」ことに意識がいって「見る」ことが疎かになっていないか。一番大事なのは裸眼で見て心のダイヤリーに記録することであると肝に銘じる言葉になりました。

 仕事柄、私は日々、カメラのファインダーをのぞきながらスポーツ現場を取材するという作業をやっています。ずっとカメラを構えていると撮ることに気を取られて試合全体の流れが分からなくなることがあります。レブナイズの試合では、前半は上の記者席で観戦。第1クオーターは試合の流れを把握するためにカメラは構えません。第2クオーターはレブナイズの守備を何カットか撮るようにします。後半からコートに降りてシュートシーンを撮ります。本当なら「観る」と「撮る」は分けた方がいい作業ですが、そうもいかないので「フォーカス」と「俯瞰」を常に切り替えてものをみるのはこの20年間で知らず知らずのうちに培った習慣です。

 きょうの生活発表会では日頃仕事で使う一眼レフのカメラで息子を撮りつつ、意識して周りの子供たちや会場の雰囲気も感じるようにしていました。短い時間でしたが、「子育てのエキス」をたくさん仕入れることができました。
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 ようやく12月らしい寒さとなりました。このところ暖かく過ごしやすい毎日が続いていたので今が冬だということを忘れそうでした。体調を崩しやすいのがこんな時です。油断せず、防寒や体調管理に気をつけたいところです。

 SCC主催のマラソン教室が「かんまちあ」であり、受講生のペースランナーでお手伝いしました。走っている動画を解析して「自分がイメージしている通りのフォームで、実際にも走れていれば良いフォーム」と竹内コーチ。私の走りも一緒に撮ってもらっていましたが、とても「良い」とは言えません。そもそも「理想のフォーム」のイメージが自分の中に確立されていません。そこをまず作ることから練習を考えたいところです。

 最後に10キロのペース走をしました。1キロ6分弱のゆっくりしたペースだったので、自分の理想をイメージしながら走りました。ストライドを大きく、それでいてリズム良く軽快に、そんなことをイメージしながら気持ち良く走れました。

 走りながら後半は竹内コーチ、受講生のTさん、母校野球部保護者会長のSさん、4人で「サッカースタジアム談義」になりました。「かんまちあ」も新スタジアムの候補地に挙がっています。ランナーの1人としては練習場に良い場所なので残して欲しいですが、鹿児島駅を中心とした上町地区に新たなにぎわいを創出するにはこの辺にあるのがベストなのかもしれません。いずれにしてもこういった場でスポーツや街づくりの話を走りながらできるようになってきたところに、私がこの仕事をする「理念」として掲げる「スポーツで鹿児島を盛り上げる」が実現しようとしているのを感じて嬉しくなりました。
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181206三浦監督04
 三浦監督にインタビューした録音にひたすら耳を傾け、文章に起こす作業をしていました。インタビューに要した時間は20分あまり。要約してエッセンスだけ取り出してもそれなりの文章にはなるでしょうが、聞き入るうちにやはりこれは監督としての最後のメッセージとしていろんな人に伝えたいと思って書き起こしました。20分話したうちの8、9割は文章で再現できたと思います。

 今季、鹿児島Uを中心にJ3絡みでこのテープ起こしの作業が「日課」になっていました。独立した「文章」として日の目を見たのはJリーグ公式サイトの試合後の監督、選手コメントです。練習でインタビューした内容はDAZNの中継で使用されましたが、中継を見る機会があまりなかったので、どのコメントが使用されたかはよく分かりません。たまに中継を見ていて送ったコメントが使われていると嬉しくなりましたが、使われたのは送った分量の1割もなかったと思います。

 「ハードワークは当たり前。そこからプラスαを引き出す」という監督の言葉は私自身の4月の月間テーマに使わせてもらいました。ある時期は「真面目に、誠実に」という言葉をよく使っていました。「過去の勝ち点は増えもしなければ減りもしない。我々は次の試合に向けて取れる勝ち点3を取るための準備をする」。試合の後には毎回このように言い続けていました。「ピカソのような想像画、自由画が描けて売れる絵を描けるようになる」というのは目指すサッカーの一番分かりやすい例えだったと思います。それが出来上がらないうちに退任することに悔しさを感じていたのが印象的でした。

 「言葉で表現するのは苦手。それを表現してくれるのがあなたたちの仕事」とも何度か言われました。表現は苦手と言った上で、それでも伝えたいことを真面目に誠実に、妥協なくブレない信念を貫いた監督でした。
【きのうの業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・家族のサポート
・鹿児島U取材
・ランニング
・打ち合わせ


181206三浦監督01
 5日の朝刊で三浦監督の退団を知り動揺しました。なぜこのタイミングで退団なのか、腑に落ちないものがあり、それを知りたいと思う人の代わりに真相を追求するのが仕事と十分分かっていながら、気の重い作業に尻込みしていました。6日が今季最後のチーム練習であり、監督の話をじっくり聞ける最後の機会になると思ったので、取材申請をしてふれあいスポーツランドであった最後の練習を取材しました。

 こちら側の気の重さとは裏腹に、グラウンドでは選手も監督も、リラックスして笑顔を浮かべながらも、今までと変わらず意志を持った練習をしていました。最後のミニゲームでは声を出したらダメのルールや、2人が手をつないでプレーするなど、日々の練習に創意工夫を凝らした三浦監督らしいユニークさがありました。見ている私たちもいつの間にか気持ちがほぐれ、楽しみながら観戦していました。

 その後のインタビューも、これまでと変わらずサッカーや鹿児島への想いを熱い言葉で語っていました。とても短時間でまとめきれるものではなかったですが、約20分あまり語った言葉の中に、この2年間の想いの一面が凝縮されているように感じたので一問一答形式の記事にしました。

 この2年間、特にエルゴラッソの鹿児島版の担当になったことで、この1年間はシーズン開幕した3月から11月まで、ほぼ毎週1回は練習におじゃまし、監督、選手にインタビューし、ホームゲームは陸上の出張取材と重なった6月のC大阪戦以外は全試合観戦し、試合後のインタビュー、記事を書く作業を繰り返しました。

 サッカーに対して、日々の練習に妥協なく取り組んでいるように、我々に対しても決して予定調和な答えをせず、真摯に熱く答えてくださいました。中途半端なことが聞けないので、毎回練習に行くのは毎回背筋が伸びる気の重い作業であると同時に、終わって帰れば必ず何か得るものがある。その繰り返しでした。いろんなことを教わった中で、一番大事なのは日々の積み重ねであり、掲げたものに対して真摯に真面目に、取り組むことであるという、人として当たり前のことだったと思います。

 「鹿児島のスタンダードとなるサッカーを」という就任会見の言葉に感銘を受け、それがどんなものであるかということを私自身も追いかける日々でした。J2昇格は果たしましたが、それが完成したわけでは決してないし、誰が監督になったとしても今後も追及していくものでしょう。私自身の中ではこの1年間の経験で、サッカーを「観るスタンダード」ができたと思っています。そのことを三浦監督に感謝しつつ、新天地で更に飛躍されることを期待し、いつかまたどこかで会って、私自身も成長した姿を見せられるようにしたいと思います。日々の練習を大事にする三浦監督に習い、取材の後はきっちり11キロ走り込みました!(笑)
2018.12.03
【本日の業務】
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【きのうの業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・スポかごNEWS、メルマガ発行
・家族のサポート
・ランニング
・合宿追加取材
・PV取材、原稿
・レブナイズ原稿


 鹿児島Uの最終戦をイオンモールのパブリックビューイングで観戦しました。当初は子供2人を連れていくつもりでしたが、お昼を食べた娘は眠そうだったので、実家に預けて、息子と2人で出かけました。

 日曜日にイオンに行く生活とは無縁だったので、いろんなことに戸惑いました。まずは産業道路の車の多さ。到着まで時間がかかり、加えて駐車場も一杯で、停める場所を探すのに苦労しました。キックオフの1時からは大分遅れました。以前行った時に、トーマスやディズニーなどのキャラクターショッピングカーがあったのを覚えていたので、家からはベビーカーを持たずにいきましたが、それも失敗でした。子供連れも多くて空きがありません。仕方がないので、最初は立たせて、途中からはずっとおんぶして観戦でした。娘まで連れてこなくて正解でした。

 試合は決して悪い出来ではなかったと思います。ただそれ以上にあの一戦は川口能活のためだけにあるような舞台だったように思います。1週間前、鹿児島ではJ2昇格が決まるかどうかの試合に10,916人が集まりましたが、相模原では同じJ3の試合にも関わらず、元日本代表GK1人のために12,616人が集まる。Jリーグ文化の積み重ねの違いを感じました。

 川口といえば、年齢は私より1つ下。ほぼ同世代であり、アトランタやジョホールバルをリアルタイムで見ていた世代としては思い入れがある選手の1人です。金子達仁著「28年目のハーフタイム」を大学生の頃読んで、「スポーツを表現する」面白さを味わった身としては特に感慨深いものがありました。先週日曜日の鴨池が鹿児島UのJ2昇格のためだけに用意された舞台であったように、きのうの相模原ギオンスタジアムは川口がクリーンシートで有終の美を飾るためだけにあった気がしてなりません。鹿児島サポーターとしては悔しい限りですが、これも今後J2、その先のJ1という舞台を戦うための貴重な試練として来季以降につなげていってほしいところです。今季の締めくくりがこうであったことも何か意味があるのでしょう。
【1日の業務】
・手帳、帳簿、日記
・朝のルーティーン
・スポかごNEWS、メルマガ発行
・家族のサポート
・正月号取材
・自転車
・式典取材、原稿
・レブナイズ原稿


181201高体連50周年07_035
 高体連50周年記念式典を取材しました。歴代の会長、理事長、学校関係者、競技団体関係者、約150人が参加していました。会場にいた150人のうち、3分の1ぐらいが知っている方でした。鹿児島新報で仕事を始めたのが98年。それ以降の会長さん、理事長さんは一通り挨拶しています。陸上、バスケット、ラグビー、体操、弓道、卓球、水泳、バドミントン、柔道、相撲…競技団体の関係者は日頃、取材などでお世話になっている先生方です。それぞれの会場ではしょっちゅう顔を合わせていても、こういったかたちで一堂に会する機会はなかなかないので、不思議な気がしました。

 高体連は50年ですが、私自身は仕事を始めて20年間の積み重ねをそんなところに感じました。久々に会った方には「相変わらず鹿児島のスポーツを発信し続けています」とあいさつできました。NPO法人になって、こういった人たちに必要とされるためにどんなことをしていくか、これからの弊社の在り方を考えるきっかけになりました。

 記念講演では女子柔道のソウル五輪銅メダリストの山口香さんの講話が興味深かったです。山口さんは運動部活動の在り方に関する検討委員会の委員をされています。近年、少子化やスポーツに対する価値観、考え方の多様化、働き方改革などで、運動部活動の指導の在り方が大きな転換点を迎えている中で、自身の体験や持論を熱い言葉で語っていました。

 今、体罰の問題や部活動指導者の長時間労働などがクローズアップされ、何か学校部活動が「ブラック企業」のように見なされているように感じることがあります。真剣に指導をしようと思えば思うほど、それが違う解釈でとられたり、揚げ足を取られたりして、何をしていいのか、分からなくなっている現場指導者は多いのではないでしょうか?

 確かに、今までのやり方を見直す時期ではあるのだと思います。高体連会長の式辞や山口さんの話の中でも「不易流行」、変えるべきことには柔軟に対応し、伝え残していくべきことは継承していくことが大事なのでしょう。肝心なのは今、何が不易で、流行なのか、分からなくなっているのが指導現場の息苦しさにつながっている気がしてなりません。

 山口さんも話していましたが、1960年代から90年代ぐらいまでにかけては、「巨人の星」の星一徹に象徴されるような、我慢、忍耐が大事で、体罰、しごきは当たり前、水を飲むのはけしからんというのがスポーツ現場の「当たり前」でした。「巨人の星」がそうであるようにメディアもそれを「美談」として伝えていたのではないでしょうか。

 そういった指導がナンセンスであり、変えていくことには異論はありません。ただ、では何をすべきか、何が必要なのか、そのアプローチは千差万別いろいろあるのに、休みを何日いれなければならないとか、魔女狩りのような体罰教師のつるし上げだけがセンセーショナルにクローズアップされているところに問題があると感じます。

 山口さんの話では「ティーチング、コーチング、ケアリングのバランス」というのが一つの回答のように思いました。一方的に教えるだけでなく、選手の中にあるものを引き出すコーチングや、選手の心に寄り添うケアリングがこれから大事になると話していました。

 多分、こういった問題に「正解」はないのでしょう。「正解」があると思うこと自体がナンセンスです。何が正しいか、考え、試行錯誤し続けるところに意味がある。私自身は「スポーツとは楽しいものである」という大前提を忘れずにいたいところです。スポーツは人間が、人生を豊かに、中身のあるものにするために生み出した文化である。そこからいろんな問題に光を当て、解決への道筋を示すところに、弊社の使命があると感じています。