2015.08.27 日記8月25日
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 このところ、PCでFBの文章を書こうとすると、Enterを押すと文章が勝手に消えてしまいます。なんでだろう? 仕方がないので、メモ帳に下書きしたのをコピペしています。

 夜中は、ただならぬ暴風雨の音に夫婦そろって目が覚めました。鹿児島市内で瞬間風速が45mあったとか。FBでいろんな友人の方が夜中に目が覚めた感想や、木や電柱が倒れたなど被害の様子を伝えています。
 今朝、風も雨も一段落していたので、古新聞をゴミ出ししたついでに家の周辺を歩いてみました。近くにある「野鳥の森」の看板が倒れ、道路は落ち葉が散乱し、一部ががけ崩れしていました。自然の猛威を見せつけられました。野球の市内大会もきのうの段階で早々順延が決まっていたそうなので、きょうはたまっていた原稿を処理しようと思います。

 台風で一番覚えているのは30年前の台風13号です。
 小学5年生の夏でした。風速50mの台風が直撃し、大きな被害が出ました。当時、若葉町に住んでいて、まだ造成前だった今の伊敷ニュータウンのあるあたりの山が、何カ所もガケ崩れで白い地肌を露出させていました。通っていた坂元小の裏山も何カ所か崩れたように記憶しています。
 この年は児童数2000人を超えるマンモス校だった坂元小が、坂元台小と分かれた年でした。まだ本校舎が完成しておらず、台風で台小のプレハブの仮校舎が倒壊したため、新学期の1カ月間ほど、台小の児童が坂元小で授業を受けていました。つい半年前に別の学校に移っていったかつての級友と思わぬ再会をしたことを懐かしく思い出します。

 長雨、桜島の噴火警戒、そして台風…この夏は何かと異常気象に泣かされます。我が家では自転車を中に入れたり、物干しざおや屋外のゴミバケツを片づけておいたので、幸いにして被害はありませんでした。とはいえ、いつ何時、どんな災害が起こってくるか、全く予測ができません。今のところ落ち着いている桜島も、地下では100年前の大正噴火クラスのマグマが再びたまっており、そう遠くない将来に大噴火が起こりうるといわれています。気の滅入る話ですが、自然の猛威には逆らえません。いつ何が起こってもおかしくない覚悟をして、できうる備えをしておこうと思います。
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2015.08.22 ラストラン
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・野球取材
・ひまわり駅伝


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 土日は24時間高尾野ひまわり駅伝を走ってきました。
 今や夏の恒例行事と定着した駅伝ですが、今回で最後とのこと。理由はよく分かりませんが、私たちSCCメンバーにとっては、夏場にメンバー同士の交流を深め、トレーニングの一環としても有意義な大会だっただけに惜しまれます。
 昼過ぎまで野球の市内大会を取材し、チームから頼まれた買い出しをすませて夕方、高尾野に向かいました。
 7時過ぎに会場に到着し、8時ごろから高尾野川のジョギングコースになっている1周2キロのコースを走り始めました。今年はSCCの参加者も若干少なめで、今までで一番走ったような気がします。いつも夕方日が落ちた頃から参加するので、夜通し走り続けるのは慣れているのですが、今年はとにかく人数が少なくて、1時間に1本だったのが50分、40分に1本とだんだん間隔が短くなっていきました。
 例年なら、朝、夜休んでいた人たちが起きてくれば、人数も増えて日曜日の午前中走ることはなかったのですが、今年は朝6時過ぎから3時間程度休んだ以外は、結局最後まで走る羽目に。ラストランまで合わせれば15本、計30キロ走ったことになります。
 夜通し走り続けて、明け方走った時は身体も全く動きませんでした。一休みして朝は猛烈な夏の日差しがきつかったです。最後は体力も、アドレナリンも身体の中に全く残っていない状態で11時半ごろ最後の1周を走りましたが、不思議なもので前に抜けそうな人がいるのを見ると、自然とスピードが上がっているし、後ろか抜かれると悔しい気持ちがしてついていこうとします。最後の1本のタイムは9分10秒でした。一番良い頃には及びませんが、今大会走った中では良い方のタイムでした。なんだかんだでこの時期、これほど追い込んだトレーニングができたのは収穫でした。

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 ゴールまで残り10分を切って川田さんが力走、残り100mあまりを辻さんが爆走し、ゴールまであと7秒のところでスタートラインを越えられたため、SCCチームは2年ぶりに全員でラストランをすることができました。いつも中心になってSCCをまとめていただいてる佐多さんをはじめ、食事の準備をしてくださった女性陣の皆さん、そして主催、裏方として大会を盛り上げてくださった出水市の皆さん、本当にありがとうございました。
【きのうの業務】
・事務作業
・ウオーキング
・野球取材
・自転車修理
・ランニング


 おとといの夜、BS朝日で「幻の甲子園」を取り上げたドキュメンタリーを見ました。
 高校野球が誕生して今年で100周年ですが、夏の甲子園の大会数は第97回です。なぜ、この大会数が少ないかといえば、1942-45年にかけて、戦争の影響で大会が中断されたからです。
 41年の第27回大会は地区予選まで行われながら、本大会が中止。翌42年には戦意高揚を目的に文部省が主催し、軍部主導で甲子園での全国大会が実施されました。開催にあたっては、従来の大会を主催していた朝日新聞社が「大会の回数継承」と「優勝旗の使用」を申し入れましたが、文部省が却下したため、今に続く夏の甲子園大会としては記録されていないため「幻の甲子園」と言われているそうです。
 優勝した徳島商に今も残る記念碑のルーツをたどる生徒会の高校生の取り組み、準優勝した平安でそのことを授業で取り上げるために奔走した社会科教師、ベスト4の海草中(現在の向陽高)にいた伝説の名投手について調べる現役の野球部員たち…一つ一つのエピソードが心を打ちました。
 戦意高揚、軍部主導ということで、選手交代の禁止、デッドボールをよけてはいけないなど、無茶苦茶なルールで実施されたといいます。まさしく戦時中・日本の愚かしく、悲しい時代を物語るエピソードです。
 今当たり前のように夏になれば予選が行われ、甲子園大会があり、その1球1打に一喜一憂できるのも世の中が平和であればこそ。今後もその大会が継続していけるように、今を生きる私たちは過去を学び、今できることをしなければという気持ちになりました。
 今、行われている地区新人戦のことをFBやネット記事で記録しているのも、一義的には正確な記録の伝播ですが、最終的にはそこに続けていくために現在の道標を刻んでいるものと考えています。

 きのう市民球場で観戦した鹿児島市内大会の結果です。
◇2回戦①
松 陽 001 000 020=3
鹿児島 030 011 21×=8
◇2回戦②
鹿児島工 000 115 100=8
鹿児島実 300 021 21×=9

 甲子園帰りの鹿実と鹿工の一戦を注目していましたが、両者とも攻守にミスが目立ち、中盤以降は点の取り合いとなる長時間の消耗戦でした。よりミスの多かった鹿工が敗れたのは必然の結果でしょう。ある意味、とても新人戦らしい一戦でした。

2015.08.20 初日から波乱
【本日の業務】
・読書
・事務作業
・野球取材
・レノヴァ取材
・原稿


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 今年の高校野球の頂点を決める試合が甲子園であった一方で、鹿児島では秋の県大会、来春のセンバツを目指した熱戦が始まりました。

本日観戦した鹿児島市内大会県立球場の結果
◇1回戦①(県立鴨池)
池 田 000 300 000=3
樟 南 100 000 000=1
◇2回戦②
ラ・サール 100 000=1
鹿児島南  020 107=10
※6回コールド
◇2回戦③
連 合 000 110 0=2
鶴 丸 010 004 4=9
連合=開陽・修学館・鹿児島東・特別支援
※7回コールド

市民球場の結果
・1回戦 鹿児島8-1鹿児島情報(7回コールド)
・2回戦 鹿児島中央3-2錦江湾 鹿児島商4-1明桜館(延長10回)

 何といっても県立球場のオープニングゲームは見応えがありました。
 浜屋、畠中の両左腕に捕手・前川、前チームからの主力のセンターラインが残る樟南はこの秋の鹿児島のキャスティングボードを握るチーム。対する池田は20人に満たないチームですが、主力の2年生は1年から試合経験は豊富に積んだメンバーがそろっています。
 樟南が初回無死満塁とチャンスを作り、内野ゴロで1点を先制。「これは樟南のワンサイドか」と思いましたが、後続を絶たれ1点どまりでした。2回以降も毎回のようにチャンスは作りますが、池田の左腕エース江口から追加点が奪えません。
 池田は4回、先頭の3番・有馬がライト前ヒットで出塁。4番・駒寿が初球をライト前に運び、有馬が三塁を陥れる間に駒寿も判断よく二塁を陥れます。
 5番・川路は2ストライク追い込まれてから7球ファールで粘り、四球を選んで満塁とします。一打逆転の絶好のチャンスに6番・大川はフルカウントから強振。普通に守っていればあるいは遊ゴロの当たりでしたが、樟南が前進守備を敷いていたため、センター前に抜け同点。二走はバックホームで刺されましたが、二塁をオーバーランした一走を刺そうと、二塁に転送されたボールがそれて外野を転々とする間に、打者・大川までが生還し、池田がこの回3点を奪って逆転に成功します。
 5回以降、池田は立ち直った浜屋、9回をリリーフした畠中の前に追加点を奪えませんでしたが、エース江口を中心とする堅守でこのリードを守り切りました。
 5、6、9回と一死から満塁のピンチを背負いましたが、いずれも得点を許していません。江口は11安打されましたが、変化球をうまく使い、時折混ぜるスローカーブがいいアクセントになって、タイムリーを許しませんでした。
 樟南は14残塁。どこかでタイムリーが出て得点が入っていれば、結果は違ったものになっていたかもしれませんが、最後の一線を耐え抜いた池田が見事でした。
 「盗塁は失敗したけど、積極的な走塁を心掛けていた。最初から勝つつもりでチームが一つになっていた」と池田・小村主将。4回の得点シーン、終盤の守りにはその姿勢が表れていました。
2015.08.15 心の備えを
 このところおとなしかった桜島が何だか大変なことになっているみたいで、不安です。今のところ鹿児島市内は特に何の兆候も感じられませんが、心の備えだけはしておこうと思います。

【日記8月12日】
◇2回戦
鹿児島実  001 000 200=3
中京大中京 010 003 12×=7

 鹿実は粘り強く戦ったと思います。ただそれ以上に中京大中京が力強かった。夏7回、春4回、全国最多の甲子園優勝回数を誇る名門の底力をみました。
 中盤までは互角の競り合いでした。2回に先制点は許しましたが、3回に初戦大勝の立役者、1番・有村君のタイムリーで同点に追いつきます。エース橋本君の粘投も見事でした。
 テレビで見ると、直球でもスプリットのように指を広げてボールを握っています。その分、右打者にとっての外角はナチュラルなカットボールのようになり、逆に内角はシュートするのでしょう。手元での細かい変化が強打の中京打線のタイミングを微妙にずらして、思うような打撃をさせませんでした。
 勝負を大きく分けたのは6回裏でした。一死からレフト前ヒットで出塁した4番・伊藤君が意表を突く盗塁を仕掛けます。
 173センチ、87キロ、いかにも大砲の雰囲気漂う伊藤君からはおよそ「足」がある雰囲気を感じませんが「『走れる!』とアイコンタクトを送ってきた」と高橋監督はインタビューで答えていました。二盗が決まった直後に勝ち越しのタイムリーを浴び、さらに3連打を浴びて一気に3点差をつけられました。有村君がリリーフして後続は絶ちましたが、7、8回と長打を皮切りに追加点を許しました。中盤は変化球でかわす投球になっていた相手のエース上野君でしたが、終盤は140キロ台の直球で押す力強い投球で鹿実の反撃を許しませんでした。4番の意表を突く盗塁がチームの何かを目覚めさせ、停滞していた大きな流れを手繰り寄せました。

 敗れはしましたが、鹿実も随所に好プレーをみせていました。大会屈指の好投手・上野君から7安打。うち6本はセンター前に弾き返しています。チームで取り組んだ「センター中心に逆方向に打ち返す」打撃を初戦に続いてこの試合でも徹底できていました。3点差をつけられた直後の7回、途中出場の柴田君が浅いレフトフライで判断よくタッチアップして得点したシーンは見事でした。

 これで鹿児島の3年生の高校野球は終わりました。秋、そして来夏にむけて鹿児島からどんなチームが出てくるか、また一から始まる各チームのチーム作りを見続けていこうと思います。

【日記8月17日】
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 嫁さんの6カ月目の検診に付き合いました。心臓の音を聴かせてもらいました。確かに生きていることを実感できました。母子ともに健康でなによりです。

【本日の業務】
・原稿
・安産祈願
・44回生ソフトボール大会


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 妊娠5カ月を過ぎた戌の日ということで、腹帯持参で安産祈願に行ってきました。
 帰りの車の中で子供の名前を何とするか、夫婦であれこれ話し合っていました。ちょうど帰り着く頃、カーステレオから長渕剛の「NEVER CHANGE」が流れていました。あと4カ月ちょっとでこんな心境になるのかなと思うと、感慨深いものがありました。

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 この時期恒例の鶴丸44回卒ソフトボール大会でした。
 曇り空で暑さが厳しくなかった分、40代のおじさんたちも淡々と打って、投げてができました。きょうのような暑さだったら多分、5回も持たなかったでしょう。
 過去4戦全敗で雪辱に燃えるエース菊りん、まさかの欠場で、代理キャプテン・駿河チームVS仁チームの対戦となりました。村野の「まぼろしのホームラン」から始まり、点をとっては取り返すシーソーゲームでなかなか引き締まった好ゲームでした。
 9回表、駿河チームゲームセットと思いきや、最後の打者・新太郎の大和田常務並の土下座と「ソフトボールのために5万円も払って帰ってきた」の言葉が子供たちの胸を打ち、泣きの打ち直しでまさかの逆転。その裏、仁チームも仁の土下座の打ち直しでチャンスが広がり、芳郎の逆転サヨナラ満塁ホームランが飛び出し、14-13の劇的な勝利で仁チームV5となりました。
 MVPは誰もが納得していない芳郎が見事受賞しました。新太郎は相変わらずの裏MVPだと個人的には思っています。

 夜は目黒、IPANEMAで飲み会。野球部5人は卒業して以来22年間、一度もお互いに胸の内にあって語らなかった現役時代のホンネの想いを語り合い、夜中2時過ぎまで飲んでいました。今年も思い出に残る楽しいソフトボール大会でした。
【本日の業務】
・事務作業
・古仁屋取材
・家事


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 久しぶりに男飯。麻婆豆腐を市販の麻婆の素を使わずに、白ダシで作ってみました!*\(^o^)/*

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 この日は古仁屋の合宿を取材に伊集院へ。久々にユニホームを着て「野球部の練習」に参加しました。暑さもさることながら、白土の照り返しが目に痛かったです。よくこんな暑さの中で野球ができるものだと感心します。
 この時期、いろんな人から「甲子園の取材には行かないの?」とよく聞かれます。行きたいのは山々ですが、取材には手続きと費用がかなり掛かります。仕事として行けるとしたら、昨春のように奄美勢が甲子園に出場して新聞社の取材で行けるぐらいです。
 鹿児島代表の鹿実や、早実の清宮、関東一のオコエのような注目チーム、選手の取材も良いですが、このような話題を地味に掘り下げるのも、普通に野球をやっている高校生の一面が分かって楽しいです。
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 嫁さんの会社の月例会議に付き添って、3泊4日の北海道旅行に行ってきました。
 ちょうど3日の夏の甲子園の組み合わせ抽選で鹿実が北海との対戦が決まった日に北海道にいたことになり、場所は離れていても、野球との縁は離れられないものだなと思いました。
 初日は札幌、2日目はバスで観光し、小樽、ニシン御殿、京極の湧水を回り、08年にサミットがあった洞爺湖のウィンザーホテルに宿泊。最終日は嫁さんの知人・Mさんの住む旭川まで移動し、Mさん宅でバーベキューをご馳走になりました。
 初めての北海道は刺激に満ちた楽しい思い出がたくさんできました。全国的な猛暑の影響もあって日中の気温は鹿児島とさほど変わりませんが、湿気がない分、過ごしやすかったです。朝晩はとても涼しくて快適でした。

 いろんな場所を回った中で一番刺激を受けたのが、最終日の朝に軽くウオーキングをした際に見た石狩川の遊歩道の景色でした。
 車やバスで移動しながら、北海道には行く先が見えないほど真っ直ぐに伸びた直線の光景をあちこちで見ました。こういう場所は鹿児島はもちろん、日本全国でもここぐらいしかないのではないでしょうか。そんな景色が石狩川の川岸にもあって、北海道の雄大さを物語っていました。学生の頃、読んでいた三浦綾子の「氷点」は旭川が舞台です。久しぶりに読んでみたい気持ちになりました。

 実は出かける数日前にぎっくり腰を患ってしまい、腰痛と相談しながらの旅行でした。原因が股関節、腸腰筋の硬さにあるということなので、マメにストレッチなどを心掛けたり、洞爺湖のホテルで温泉療養したおかげか、帰ってきたら治っていました。

 飛行機、列車と長時間の移動で退屈しないように「沖縄力」「続・悩む力」と本を携帯し、読書しました。帰りの乗継を待つ間、羽田で今話題の「火花」とふと目に留まった「美味しんぼ」も購入。特に「美味しんぼ」の「福島の真実」と「続・悩む力」には真剣にいろんなことを考えさせられました。
 嫁さんのおかげで充実した3泊4日を過ごすことができました。