【本日の業務】
・事務作業
・野球
・レノヴァ取材
・原稿


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 久々に心躍るレノヴァの勝利に立ち会うことができました。
 何度も、何度も、離されながらも食らいつき、残り0秒で1本も落とせないフリースローを2本ルークが沈めて同点に追いつき、延長で競り勝つ。実にしびれる展開でした。観客が一体となり、固唾をのんで勝利を行方を見守り、観客が望んだ勝利を届ける。まさしく極上のスポーツエンターテイメントでした。

 フリースローを決めたルークや、母校・鹿児島中央高の後輩の前で、逆転シュートを決めた丸山が分かりやすいヒーローになりましたが、コートにいる選手だけでなく、控え選手まで含めた1人1人が与えられた役割をしっかりこなした勝利でした。第4ピリオドで近主将、延長では池田、スタメンでありチームの得点源でもある2人を5ファール退場で失いながら、それでも勝ち切れたところにチームの底上げを感じました。
 第4ピリオドで良い流れを作りながら突き放すことができず、8秒オーバータイムや近主将の退場もあって、残り3分を切って7点差つけられた時は、さすがに「きょうも良い試合だったけど…」で終わるのかと思いました。その直後に池田がスティールから速攻を仕掛け、3点プレーをものにします。前半戦のレノヴァにはない執念を感じ、逆転勝利を信じることができました。

 試合を重ねるごとに「良いかたちのバスケット」をやりながら、肝心の「結果」に結びつかない我慢の前半戦でした。昨年末からきのうまでの約1カ月間、インターバル走を中心にした走り込みなどで、徹底してフィジカルを鍛え上げ、最後まで走り切れる身体を作ってきたといいます。きょうも良い形で攻めながらシュートが入らないもどかしさは相変わらずでしたが、最後まで足が止まることなくシュートを打ち続けられるようになっていました。
 前半戦で大きく負け越し、上位進出は厳しい状況は変わりませんが、前半戦とは明らかに違う変化と成長を感じることができました。
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2015.01.26 学生野球表彰
【本日の業務】
・事務作業
・家事
・学生野球表彰取材
・原稿
・十三会役員会


 学生野球表彰の取材に行きました。今年度、鹿児島から受賞したのは神村学園3年の仲山君でした。
 主将として昨春のセンバツ出場、夏の選手権県予選準優勝に貢献しただけでなく、日ごろの学習面や生活面でもリーダーシップを発揮して他に範たる人柄である点が評価されての受賞でした。
 出身は神戸ですが「家を出て、生活面も全て自分でやらなければいけないところに身を置きたかった」という意志を持って、はるばる鹿児島までやってきました。
 これまで何度が取材したことがありますが、受け答えがしっかりしていて、自分の言葉ではっきりものが言える姿が印象的でした。プレーヤーとしても、外野手でありながら果敢なダイビングキャッチで、チームのピンチを救いました。

 いわゆる「野球留学」には何かと批判もありますが、こういう選手が鹿児島にやってきて、鹿児島で鍛えられて巣立っていくことはとても意義深いものがあると思いました。
 「鹿児島の多くの人にも応援してもらったので、その期待に応えられるよう、大学で神宮日本一を目指したい」。
 今後の活躍を期待しています。
2015.01.25 甥っ子から力
【本日の業務】
・事務作業
・女子駅伝取材
・原稿


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 駅伝の帰り道、弟宅に立ち寄る。はると君は縄跳びが上達しました。こんな風に真剣にスポーツする姿を初めてみました。
 つい先日、2歳の誕生日を迎えたひろと君は、少しずつおしゃべりができるようになりました。
 甥っ子の成長に力をもらいました。\(^o^)/

 外に出ているのがうれしくなるようなポカポカ陽気でした。毎年、女子駅伝の時期は季節的にも寒い日になることが多く、外でゴールを待つのはつらいものがありましたが、じっと立っておひさまを浴びていると、暑く感じるほどの陽気でした。
 応援していた大島は残念ながら8位と振るわず。上位の結果を出すのは難しいことですが、それ以上に難しいのはそれを続けることです。
 大島の応援取材でこの駅伝をしっかり取材するようになって5年目を迎えました。改めてこの駅伝は県の女子の長距離選手の底辺拡大に貢献していることを実感します。
 中学生から大人まで、普段なかなか意識することがない「鹿児島の中での自分のふるさと」を思いながらチームを作って競うところが魅力のひとつです。箱根駅伝のように、選手に過度な負荷をかけない距離設定も良いですね。
【本日の業務】
・事務作業
・新人サッカー取材
・女子駅伝開会式取材
・原稿


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 午前中、中山で新人サッカーの取材、午後は隼人で地区対抗女子駅伝の開会式を取材しました。
 ちょうど中山に向かう途中の桜丘の入口手前で大きな工事をしていて、片側交互通行になっています。そのせいで行きも帰りも渋滞に巻き込まれました。
 どうしょうもないと分かっていながら、時間の区切りがある分、どうにもならない苛立ちで、車の中でイライラしてしまいます。反省…
 そんなときに気を紛らわしてくれたのがMBCラジオでした。土曜日の「あおたく」は鹿児島県人にしか分からない笑いが満載です。加えて、きのうは知人のメッセージが読み上げられたり、FBで知っている人が中継に出たり、ちょうど女子駅伝の会場に向かう途中で女子駅伝の特集があったりと苛立ちを和らげる効果抜群でした。
【本日の業務】
・新人サッカー取材
・センバツ決定取材
・原稿


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 午前中から午後にかけて、中山の県立サッカー場で新人サッカーの取材でした。
 1試合目の鹿城西―出水中央戦は、内容は鹿城西の勝ち、結果は出水中央の勝ち、そんな試合でした。「頑張れば、何かが起こるのが高校サッカー」という出水中央の監督さんの言葉が確信を突いています。
 2試合目は点の取り合いに見応えがありました。鹿実の1点目は開始早々のラッキーゴールのような感じでしたが、2、3点目は迫力がありました。2点目は、先制点を決めたMF渡邊がショートコーナーを蹴り、MF山口のパスをFW玉城が力強くゴールに叩き込みました。3点目は、相手がカウンターに出たところを渡邊が狙い澄ましたスライディングタックルで奪い返し、そのまま左サイドをドリブルで持ち込んだ選手が挙げたクロスを再び玉城が頭で押し込みました。
 このまま鹿実が一方的に押し切るかと思われましたが、前チームからの経験者を豊富に擁する神村が粘りをみせます。2点を返して流れを引き戻しました。
 試合終了まで目が離せない展開でしたが、センバツ決定の取材で神村学園に行かないといけなかったので、名残を惜しんで会場をあとにしました。結果は鹿実がそのまま3-2で逃げ切りました。

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 神村学園が2年連続のセンバツを決めました。鹿児島勢、5年連続のセンバツです。思い返せば昨年、大島の21世紀枠決定も神村学園の学園長室で待機している間、ネットの速報で知り、興奮で身体が震えたことを思い出しました。
 「結果を残す」ことに強いこだわりをみせた神村ナイン。そのためにやるべき一歩は「投手を中心にした守備からリズムを作る」(小田監督)と明確です。今年のセンバツも楽しみです。
2015.01.20 暖冬な一日
【本日の業務】
・事務作業
・新人サッカー取材
・焼酎鑑評会取材
・原稿
・甲突川RC


 暦の上では「大寒」ということでしたが、とても暖かな一日でした。
 新人サッカーの取材で串木野の神村学園のグラウンドへ。1年で最も寒いといわれるこの時期のサッカー取材は、1時間以上寒風にさらされることを覚悟しないといけないので辛いものがあります。10年ほど前だったでしょうか、まだ加世田の競技場で準決勝、決勝があった頃、雪の中を大坂を越えて取材に行き、「雪中サッカー」を取材したこともあります。
 それから比べれば、きのうは風もなく穏やかな晴天で、ゴール後で写真を撮っていても手袋がいらないほどでした。正月の寒波などで今年は寒い冬のインパクトがありますが、トータルで考えると暖冬のような気がしています。
 夜は菜の花以来、最初の甲突川練習。気持ち良く汗がかけました。
2015.01.19 断髪式
【本日の業務】
・事務作業
・自転車
・新人サッカー取材
・オルタナ
・原稿

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 新人サッカーの取材で緑地公園へ。トレーニングも兼ねて自転車で行きました。風が強くて寒かったですが、漕いでいると身体が温まって少し汗ばんできます。着る物の調整に工夫が要りそうです。

 キックオフから10分ほど遅れて会場に到着。ちょうど奄美サイドに場所を移動した直後に先制ゴールが決まりました。前半終了間際に同点に追いつかれましたが、後半の早い時間で勝ち越し点を奪い、そのまま逃げ切って見事ベスト16入りを決めました。

 夜は自宅にあったバリカンを持ってきて「断髪式」。嫁さんがきれいに5厘で刈ってくれました。
 都道府県男子駅伝、鹿児島は見事5位入賞!先週の女子に続いて見事な男女アベック入賞です。選手、スタッフの皆さんの頑張りに心から敬意を表します。

 思い返せば15年前のこの大会で鹿児島が優勝した直後、当時鹿児島にあった京セラ陸上部が国分から撤退するという出来事がありました。鹿児島は男女とも牽引車となるべき実業団チームの核を失い、その現状は15年経った今も大きな変化はありません。
 中学、高校で各選手、指導者の頑張りで10年の男子・鹿実の全国優勝や女子・神村学園の安定した入賞、上原選手や倉岡選手といった全国トップクラスの成績を残すランナーは出てきていますが、そこで育った選手たちが大人になっても活躍する受け皿が鹿児島にはありません。
 今回も男子チームのトップは大学生であり、女子もようやく実業団選手が出てきましたが、「ふるさと選手」を活用せざるを得ません。この現状が変わることは今のところなさそうです。男子も女子も、中高生主体で「平均年齢が全国で一番若いチーム」であることが毎回、美談のように扱われていますが、そろそろ平均年齢を上げる努力をどこかでしなければいけない時期なのではないでしょうか。

 無論、各選手が大人になって活躍する場所は鹿児島でなければならないという必然性はありません。より高いレベル、舞台に羽ばたいていきたいと願うのはアスリートの本能でしょう。
 ただ、選択肢の一つとして「鹿児島で頑張ってトップを目指す」というかたちがあってもいい。世の中全体でも「中央集権」から「地方分権」が言われています。今ようやくサッカーや、バスケットで「プロ」というかたちが鹿児島にもできつつあります。この流れをいろんな競技にも波及して、鹿児島がスポーツで豊かになる道はないか。僕の仕事のテーマです。

 そんなことを考えた日の夜の飲み会が最高に楽しくて有意義でした。
 ある高校野球の監督さんから誘われた飲み会でした。何の変哲もない、気さくで楽しい飲み会ですが、集まった人たちのくくりは、ひょっとすると鹿児島では画期的ではないかと思えるものでした。鹿児島の社会人、大学、高校、中学、それぞれの野球に関わる人たちというのがこの会の趣旨でした。
 中学と高校の指導者が一緒に飲む会は、今まで何度か参加したことはありますが、ここまで違うカテゴリーの人たちが一堂に会した飲み会は初めてでした。この日参加した皆さんに共通していたのは、何と言っても野球が大好きであること、そして今の鹿児島の野球界への危機感でした。
 少子化で野球をする子供がどんどん少なくなっている。話に聞いていて何となく想像はしていましたが、僕の想像以上に現場にいる人たちは野球界の将来に危機感を持っていました。
 サッカーがJリーグというトップがあって、幼児から大人まで一つの組織で統括され、いろんな普及活動も盛んにおこなわれているのに対して、野球は少年野球、中学、高校、大学、社会人、プロと各組織で断絶していて、縦をつなぐものがありません。これは鹿児島だけでなく日本全体の問題でもありますが、だからこそ今何とかしないと5年先、10年先の野球界が危うくなるという問題意識を皆さんと共有できたのが何よりの収穫でした。
 いろいろな問題や悩みがあるけど、今できることをやろう。今年を5年先、10年先の鹿児島が変わる最初の年にしようと気勢を上げて、最高に盛り上がった夜になりました。

 きょうは阪神淡路大震災から20年の節目であり、大学入試センター試験の日です。

 僕がセンター試験を受けたのは22年前と21年前の2回です。
 現役の時は英語の途中でマークの位置がずれていたのに気づいて、顔面蒼白になった苦い思い出があります。
 浪人の時は、数学の微分積分の問題でつまづきそうになりました。確か面積を求める問題だったと思いますが、どこかで計算を間違ってマークに当てはまる回答を導き出せません。残り時間も少なくなってふと「微分積分は4分の27」という数字を思い出しました。
 それまでいろんな数学の模試を受けていて、微積の問題の解答にやたら「4分の27」が多かったので、「迷ったら4分の27だね」と冗談で話していたことを思い出したのです。一か八かその数字を当てはめてみると、残りの回答もそれにつじつまの合う数字が出てきます。翌日、新聞で自己採点してみたら「4分の27」で見事正解。そのほかの問題も正解で、数学Ⅱの試験は高校、浪人を通じて唯一の百点満点となりました!(もっとも進学したのは私学の同志社なのでセンターはあまり関わりがありませんでしたが…)

 20年前の1月17日、僕は宇治市の下宿にいました。朝方、下から突き上げるような衝撃に思わず飛び起きました。特に大きな被害はなく、これだけ大きな揺れならもしかすると大きな被害の出たところもあるのではと心配しながらもう一眠りして、朝のニュースをつけると、神戸のあたりが大変なことになっていました。その日は関西の公共交通機関がマヒしてしまったため大学は休校でした。
 4月になって所属していた合唱団の新歓で被災した新入生が自らうちに入りたいと言ってきました。特に合掌経験者ではないのですが、「忙しいサークルに入っていれば、生活費を稼ぐためのバイトをしなくていいから」というのがその理由でした。結局その人に会ったのはその時の一度きりでしたが、被災者の生の声を聴いた強烈な印象が残っています。
 あまりに強烈な喪失体験があると、人は意味もなく笑ってしまうのだという。「うちはおじいちゃんが亡くなった」「近所の〇〇さんが死んだ」…身近な人の「死」という重大事さえ、まるで世間話のように笑って話さなければ精神の平衡が保てないという極限状態。震災の悲惨さをまざまざと思い知らされた出来事でした。

 20年という年月は、相当な長さのように思えますが、こうして振り返ると、案外きのうのことのように鮮やかに覚えているのが不思議です。おそらく30歳の時に20年前を振り返っても、うろ覚えで相当昔のように感じたと思います。同じ20年という時間の長さでも、人によっても感じ方は違うし、その人自身でも感じ方は千差万別です。
 あと20年後に僕は還暦。願わくば「良い人生を生きていた」と振り返られるような日々を積み重ねていたいものです。
2015.01.13
【本日の業務】
・・・・
【本日の業務】
・家事
・あいさつ
・原稿


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 楽しかった菜の花マラソンを終え、午前中帰宅。たまっていた家事を片付け、遅ればせながら年始のあいさつに親戚の家にあいさつへ。結婚したからには、こういう何気ないことも大切にしないとと思いました。帰宅してからは年始に取材した「川崎宗則トークショー」で感じたコラムをまとめることに没頭していました。

 1998年から16年間この仕事をしてきた中で、最も成功したアスリートの1人です。
 こうして記事をまとめながら、このときのトークショーで語ったことを、自分でも実践してみたいと思わせることがいくつもあることに気づきました。
 菜の花マラソンを走っているときも「太ももの前の筋肉はブレーキ、前に進むためには後ろの筋肉を使う」のフレーズを思い出しました。実際その通りできていたかは定かではありませんが、「太ももの後ろの筋肉で前に進むぞ」と自分に言い聞かせていたことは確かです。こういうイメージトレーニングが大切なことも、話していました。
 年の初めに、僕なりに思う「野球学・川崎教授」の話をまとめられて良かったです。
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 きのうは菜の花マラソンでした。通算12回目、40代と結婚して最初の菜の花は、3時間47分38秒でした。昨年より12分18秒遅いタイムでしたが、最低限の目標のサブフォーは辛うじてクリアしました。
 天気も良く、レースコンディションとしては最高でした。この1年間も「サブスリー」を目標に掲げてトレーニングはしてきたつもりですが、11月の甲子園で右肩を亜脱臼して以降、しばらく練習を空けてからさぼり癖がついてしまい、ここ数年では最も練習不足で臨んだ大会でした。
 去年の日記を読み返してみると、あの時も手ごたえがつかめなくて「楽しく、気分を楽に、トレーニングのつもりでしっかり走り切る」ことをテーマにしていました。序盤からとにかくペースを無理して上げることなく、7、8割ぐらいのペースを維持する感覚で走り続けました。スマホの計測を分析すると、なんだかんだで25キロぐらいまでは1キロ4分台のペースで走れていました。30キロ付近でいつもお世話になっている山口さんのエイドステーションで、有村さんにしっかりストレッチをしてもらったところで10分かかっているのと、36-38キロの山川の上り坂で6分台になっている以外は何とか5分台で走り切れています。
 自分の練習した手応えだけでは、走り切れる自信もなかったので、今回はなるたけ顔を上げて、沿道の人の声援を聞こうと思いました。くじけそうになるタイミングで知り合いに会えて力と勇気をもらいました。菜の花はかなりしんどいコースだということはもう十分すぎるほど分かっていますが、経験を重ねたメリットはどこら辺がきつくて、どこら辺が楽に走れるかを感覚で分かっていることです。昨年よりもタイムは落ちたけど全体的なレース運びは最初に掲げたテーマ通りにできたと思います。ゴール直前で、愛しの嫁さんの声援を聞くこともできました。

 夜はこれまた毎年恒例の山川の山口さん宅で新年会。今回は嫁さんも連れて行くことができました。思い返せば、昨年の元日、3度目のデートでドライブしたのが指宿で菜の花マラソンのコースで、年始のあいさつでおじゃましたのが、山口さんのところでした。1年経って、今度はちゃんとした夫婦として、この新年会に参加できたことを、山口さんご夫妻が喜んで下さっていました。心ゆくまで新年会を楽しみ、2014年を締めくくって、2015年を本格始動する区切りができました。

※スマホによる計測結果

※昨年の計測結果はこちら!
2015.01.09
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 きのうまで1泊2日の慌ただしい日程で東京へ。東京に行くのは05年に講演に呼ばれて以来10年ぶりです。おとといは嫁さんの会社の月例会に付き合い、昨年10月の結婚披露宴以来となる嫁さんのお兄さんやその奥さん、息子の翼くんに会ってきました。
 きのうはお台場近辺で終日遊びました。フジテレビを見学したり、隣のダイバーシティーで買い物や食事などを楽しみました。

 お台場に行くのは初めてですが、どこか既視感がありました。毎朝、「めざましテレビ」を見ているので、そのイメージが頭にあったのでしょうか。ふとドラマ「踊る大捜査線」はお台場が舞台だったことを思い出しました。
 夜家に帰って、「踊る大捜査線 the movie2 レインボーブリッジを封鎖せよ」のDVDを見ました。奇しくも映画の冒頭はお台場の観光案内VTR。都市開発が進み、これからお台場は新たな観光スポットとして街が急速に変容している最中であることも、この映画のミソでした。クライマックスシーンであるすみれさんが犯人に拳銃で撃たれる場所付近をきのうは散策していたことが分かって、ちょっと興奮しました。

 この映画が公開されたのが03年。ハイテク機器を駆使し、刑事ドラマとしてはトレンディーな作品だと思っていましたが、もう10年以上経っているんですね。映画の中で「建設中」だったものが今では普通に稼働していて、当たり前に街の一部になっているものもたくさんあるんだろうなと思うと、何となく感慨深いものがありました。
2015.01.04
【本日の業務】
・・・・
2015.01.03 縦のつながり
【本日の業務】
・事務作業
・OB戦
・走り初め&初詣
・懇親会


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 恒例の野球部OB戦でした。
 甲子園の右肩脱臼以来、右腕がちゃんと上がらず、ボールが投げられない状態なので、きょうは「本業」のカメラに専念していました。
 ちょうど現役チームのいる一塁側のサイドで写真を撮っていました。マスターズの先輩たちが当たり前のようにヒットを打つ姿をみて「あんな年代になってもちゃんと打てるんだ」と現役の高校生が感心していました。おじさんたちの頑張りが、若い高校生にも本当に伝わっていることが実感できて良かったです。

 マスターズ甲子園は、高校を卒業したおじさんたちが再び甲子園を目指すことが大きな目的の一つですが、若い世代にエールを送ることやOBたちの縦のつながりを作ることも、あるいはそれ以上に大きな目的です。
 OB戦には「甲子園効果」もあったのか、例年以上に多くのOBがグラウンドにやってきました。夜の懇親会が若干少なかったことは反省点ですが、新たにマスターズで野球をやりたいといってきた先輩も少しずつ出てきて、今後に向けて明るい材料もみえてきました。甲子園に出たことで満足するのではなく、また更なる進化を目指して、僕も頑張ろうと思えた一日でした。
【本日の業務】
・事務作業
・あいさつ回り
・新年会


 午前中はプチ仕事始めで事務作業。奄美新聞の正月特集で書いた「マスターズ甲子園」体験レポートを「スポかごNEWS」にアップしました。
 今回のマスターズ甲子園は「選手」として出ることに専念し、「記者」としての仕事は封印したつもりでした。何度も取り上げてくれたMBCをはじめ、いくつかのメディアで記事にもなったので、自分は書かないつもりでしたが、やはり自分が選手としてその場に立ち、体験したこと、感じたことを書き残さないわけにはいかない。そんな気持ちでレポートを書いてみました。

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 午後はいわゆる親戚回りでした。
 お昼は重富まで行って、嫁さんのおばあさんと食事。91歳のひとり暮らしですが、身体も元気で、笑顔がとっても素敵な方です。箱根駅伝往路のゴールシーンを4人で固唾をのんで見守っていました(笑)。
 夕方は嫁さんの幼馴染が大阪から帰ってきているというので挨拶。その後は政家の本家に全員勢ぞろいで大新年会でした。毎年家族がそろう楽しみな恒例行事です。近年は初孫でありながら独り身であることに年々肩身の狭い思いをしていましたが、今年はようやく肩の荷が下りて、くつろぐことができました。
【本日の業務】
・挨拶回り&墓参り
・買い物


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 あけましておめでとうございます\(^o^)/
 元日は午前中、実家に挨拶、お墓参りをして、午後は家。
 お昼からぜいたくにスキ焼き、お酒が入って、録画していたアメトーークスペシャルで爆笑とまったりした時間を過ごしていました(^_^)。

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 新春早々、オオボケ話をひとつ。
 どうしてもこの映画が見たくて、大して興味がない嫁さんを強引に説得。夕方、少し早めに出かけて、アミュプラザで嫁さんの買い物に付き合い、合間につまむマックを購入して意気揚々とミッテに向かいました。

 いざ、チケットを購入しようとして、タッチパネルに該当の映画がないことに首をかしげ、係員に尋ねると
 「これは7時55分の1本だけです」
 そのとき初めて、僕は新聞で確認した上映時間を「19時55分」とずっと勘違いしていたことに気づきました!

 なんでこんな勘違いをしたのか、今思えば不思議な話ですが、結婚して定期的に嫁さんと行く映画は夜がほとんどなので、映画=夜のイメージが固定観念になってしまっていたものと思われます。

 他に観られる映画もなかったので、買ったマックをミッテで食べて、雰囲気だけでもとパンフを購入し、そのまま帰宅。恥ずかしいやら、腹立たしいやら…新春早々、笑いのネタを提供したということで!