【本日の業務】
・事務作業
・野球取材
・原稿
・送別会


 きょう観た奄美―鹿児島水産戦、鹿実―鹿屋中央戦の2試合は、勝者にも敗者にも拍手を送りたくなるような素晴らしいゲームでした。僕の「甲子園ボケ」を吹き飛ばし、高校野球の面白さが凝縮されていました。
 奄美―鹿児島水産戦は両投手の好投に守備が見事でした。雨上がりのぬかるんだグラウンド、寒さ、読みにくい風向き…ミスが出てもおかしくない我慢の展開の中で、1点を守り抜いた奄美が28年ぶりの8強入りでした。こういうタフな試合を離島のチームができるようになったことがすごいと思いました。
 鹿実―鹿屋中央戦は、強豪私学同士の力と技がぶつかり合いました。どちらが勝ってもおかしくない展開の中、引き分け再試合もちらついた中、最後は4番のホームランとエースの力投で締めくくる。漫画でにでもありそうなストーリーを作った鹿屋中央に軍配が上がりました。
 こういう試合を観て記録に残すことが自分の仕事なんだと思えた一日でした。奄美―鹿水産戦は、たとえ選手の能力が低くても、一生懸命ひたむきに練習を重ねれば、こんな試合ができるチームになることを教えてくれます。鹿実―鹿屋中央戦は、選ばれた選手たちの力と技のぶつかり合いを、観客として堪能できました。

 夜は離島に赴任する先生の送別会に呼ばれて参加しました。こんなに笑ったのは久しぶりと思えるほど、楽しい時間を過ごせました。

【31日の業務】
・事務作業
・野球取材
・原稿


 きのう頑張りすぎた反動で、朝から身体が重く、眠気が抜けませんでした。
 球場へ行っても、春の陽気にも誘われて終始うつらうつら。どういうわけかきょうは2試合とも延長戦。きのうの鹿実―鹿屋中央戦から3試合連続の延長とタフな試合が続きます。昨秋も感じたことですが、一方的な大差がついてコールドになる試合が増えた半面、競るときはまったく実力伯仲で、勝負がつかないのではと思うほど、競り合う試合も増えています。
 きのうの試合は高校野球の素晴らしさを教えてくれた一戦でしたが、きょうの2試合は細かなプレー、基本的なプレーがしっかり身についていないと、展開はもつれ、締まらない試合になることを痛感しました。守備なら四死球、エラー、攻撃なら送りバント失敗、走塁ミス…両者どちらもミスがあった中、結果的にはよりミスの多かったチームが負けている。そんな2試合でした。

 きょうで32年間続いた「笑っていいとも」も最終回。グランドフィナーレだけは少し見ましたが、とても見る余裕がないほど疲れていて、すぐ眠りました。録画してあるので、春の県大会が終わったら、ゆっくり見ようと思います。
スポンサーサイト
2014.03.29 恵みの雨
【本日の業務】
・事務作業
・野球取材
・DVD鑑賞
・原稿
・SCC
・新築祝い


140329新築祝い05_035

140329新築祝い06_035

140329新築祝い07_035
 きょうの雨は、週末にお花見を企画していた多くの方々には残念な雨でしょうが、僕にとってはいろんな意味で「恵みの雨」となりました。

 アサイチは9時前に球場入り。何となく天気も上がりそうな感じでしたが、9時の時点で早々と順延が決まりました。
 8泊9日の甲子園出張もさることながら、3月に入ってからほぼノンストップで走り続けていた感じだったので、「ゆっくりできる」ことがとてもうれしかったです。
 いったん帰宅してから「あぶない刑事フォーエバー」の映画や「よしもと新喜劇」をゴロゴロ見てました。雷におびえるくぅーたろーがずっとそばにいました。

 午後からはSCCの練習。なんだかんだで半月近く練習に行けてませんでした。きのうのメーンは300mのインターバル走でした。間を75秒とって、1~3本目までは75秒、4本目以降は57~60秒で走りました。しっかり、大きく走る感覚を取り戻せました。

 夕方から夜は弟・辰哉の新築祝い&28日で4歳になった甥っ子・遥翔君の誕生祝いでした。正月以来、政家のメンバーが勢ぞろいしました。
 考えてみれば僕らが高校生ぐらいの頃までは、こうやって誰かの誕生日があるたびに親戚一同が集まって、お祝いをしていました。今まではこういうイベントを「してもらう」側でしたが、いい加減「する」側になれるよう、親孝行、祖母孝行、家族孝行をしようと思えた夜でした。
2014.03.28 睡魔
【本日の業務】
・事務作業
・野球取材
・オルタナ
・原稿


 センバツから戻って2日目。連夜の飲み会もあるため、なかなかゆっくり身体を休められません。
 球場で野球を観戦していますが、春の陽気に誘われて、特に食事をした後の試合は睡魔に勝てなくなります。きょうも伊集院―れいめい戦はある意味そんな睡魔との戦いでした。普段でも試合を見ながらうつらうつらすることはありますが、1回スパッと目が覚めると、あとはすっきりします。いつもと違うのは、きのうもきょうも1回目覚めてもまたすぐ睡魔が来て、なかなかすっきり目覚められないことです。その辺に連日の疲れが抜け切れていないことを感じます。
 試合の終盤でようやく目覚め、劇的だった幕切れを見届けることができました。
 さすがにリフレッシュしようと思ってオルタナへ。いつもなら足がきつくなりますが、今回は足もさることながら、上半身の張りがひどかったです。初めて背中から肩にかけて針を打ってもらいました。おかげで身体もだいぶ楽になりました。天気が良い分、花粉の飛散も多いせいか、鼻づまりやら目のかゆみもきついです。針を打ってもらったら鼻づまりの不快感も収まりました。まだまだ強行日程が続きますが、うまく身体をコントロールして乗り切りたいものです。
2014.03.27 浦島太郎気分
【本日の業務】
・事務作業
・野球取材
・原稿


 大阪から帰ってきて、早速懐かしの鴨池球場で野球観戦でした。大阪を出るときは冷たい雨でしたが、きのうの鹿児島は春を通り越して初夏を迎えたような陽気でした。甲子園にいた頃は、桜のことは頭から飛んでいましたが、鹿児島はすでに見ごろを迎えようとしており、ちょっとした「浦島太郎気分」を味わっています。

 県立球場は改修工事がほぼ終わって、新しくなっていました。心配した通り、かなり使い勝手の悪い球場になっていました。新しい記者席はまだ入れないし、これまで記者室だったところはいくつかに分断されていました。トイレに入るのにスリッパに履き替えないといけないのは、試合の合間の時間の惜しい時にはかなり面倒くさいです。
 かつての記者席の入り口だったところは、扉がしまるときに油断すると大きな音がなってしまうとかそんなところは全く改善されていません。ある監督さんが話していましたが、例えば改修をするならバックネット裏席には屋根をつけて、日差しや雨除けをするとか、観客者のことを考えた改修をお願いしたいものです。
 この球場には日差しや雨を避けるところが極端に少なくて、夏場の暑い時期などは、日陰のある通路のところに多くの人がたむろして通行が妨げられます。バックネット裏部分に屋根があるだけで見る人にはとても親切になるはずです。新しい記者席みたいな余計な建物に何億もかけるぐらいなら、もっと球場の質を上げる改修にならなかったものかと残念でなりません。こんなことだから、スーパーアリーナ計画も、イマイチ県民に受け入れられないのではと邪推したりしました。

 さすがに長期出張の疲れで、試合が頭に入らず、陽気に誘われて何度もうたた寝してしまいましたが、馴染みの監督さんたちと野球談議をしながら野球を観るのはこの上ない楽しみです。甲子園も良いですが、やはり僕の「聖地」は鴨池だなぁとしみじみ実感したところでした。
【きのうの業務】
・事務作業
・原稿
・帰鹿
・読書
・飲み会


1380299_309849729162973_1722377382_n.jpg
 三塁側カメラ席にいるところを某スポーツ紙に勤める大学の同級生に激写されてしまいました!(^^;; 今回、いろんな驚きがあった甲子園ですが、彼の見た目が以前よりシャープになって面影が全く変わっていたのが一番の驚きでした!(笑)
 天気が良ければ、きのうの神村学園の試合まで取材してから帰ろうかと思っていましたが、雨のため残念ながら試合は順延。2時の新幹線で懐かしい鹿児島に帰りました。\(^o^)/
 重いスーツケースは宅急便で送りましたが、お土産を買ったらやはり荷物が重くなりました。(^^;;
 おととい、アルプス席で流れていた「稲すり節」のメロディが頭から離れません。センバツ旗授与式や抽選会も含めれば今月の半分以上を大高の甲子園に費やしたことになります。ものすごく貴重な経験をさせてもらって感謝です。
 鹿児島に帰ったら、県大会やら陸マガからの依頼原稿やら、仕事からプライベートまで重要事項が山積みです。大高野球部と同じく、僕もうまく切り替えて次に進もうと思い知ります。\(^o^)/
【きのうの業務】
・事務作業
・朝ジョッグ
・甲子園取材
・原稿


140325大島22_025
 「奄美色」に染まったきのうの一日を振り返ってみます。
 朝起きてから、自分のできる準備はすべてやってから、甲子園に行きました。試合開始予定は14:00だったので、時間に余裕を持ってでかけました。曇り空で寒さも、日差しも厳しくなく、この時期としては絶好の気象条件だったと思います。
 今大会はこれまで土日祝日の試合を観戦していて、4万以上の観衆がいました。平日のきのうは第1試合14,000人、第2試合18,000人とだいぶ少なくなっていて、「きょうは落ち着いて試合が見られるかな」と思っていました。
 大高の試合の1時間ぐらい前だったでしょうか。ふとバックネット裏の通用口から球場の外に出てみると、大高の応援Tシャツや帽子をかぶった集団があちこちから一塁側に向かっています。
 一塁側アルプス席入口はそんな人たちで早くも長蛇の列ができていました。応援が多いとは聞いていましたが、まさかこれほどとは思ってもみませんでした。本当に多くの人が待ち望んでいたんだなと思うと、目頭が熱くなりました。仕事なんかやめて、本気でこの人たちと一緒にアルプスで応援したい気持ちになりました。ちなみに第3試合の観衆は33,000人でした。

 それだと仕事にならないので、以後アルプスのことは一切、同僚記者に任せて、僕は三塁のカメラ席に陣取り、フィールドの野球を観ることに専心しました。
 スタンドの応援は本当にすごくて、選手たちが登場したときから、地鳴りのような歓声が響き、大高に少しでもいいプレーがあるたびに同じような現象が繰り返されました。初打席で出塁した重原君によると、平安の野手もあまりの応援のすごさに、「ポカンと口をあけてみていた」そうです。

 野球に関しては、大高の良いところも悪いところも、現時点で持っているすべて出し尽くしてくれたと思います。平安相手でも打線は打ち負けなかったし、守備も途中までは粘り強く無失策でした。走塁ミスや、終盤気持ちが切れてしまったのも、ある意味いつも通りだったと思います。甲子園出場1回と70回の差が、2-16という数字に表れています。
 おととい、平安の練習を見て、底知れぬ力を秘めていると思いましたが、その通りの野球をやっていました。序盤は打ち上げていた打線も4回以降、凡フライは全くなくなり、鋭いライナーの打球を飛ばしまくっていました。守備は一度も崩れず、2度もホームアウトを刺したシーンは圧巻でした。走塁も見事でした。大高は、このチームと対戦し、吸収できるものをどんどん吸い尽くして、また夏甲子園に帰ってきて欲しいものです。

 慌ただしく過ぎた試合を終えて、大高の宿舎に行って追加取材をし、そのままそこで原稿や写真の処理をしました。いろんなことが頭を錯綜し、時間がかかった上に、あまり納得いく原稿が書けませんでした。自分が思い通りにコントロールできないイライラで、応援取材で来た後輩記者にもつい厳しく当たってしまいました。
 普段そういうことがないように心がけていましたが、自分でも不思議なぐらい、自分を見失っていました。なぜそうだったのか、仕事を終えて一息ついてから冷静に考えてみました。甲子園の雰囲気に僕自身ものまれていたのかもしれません。しかし、一番の原因は「昼飯を食べていなかった」ことでした(苦笑)。
 別に時間がなかったわけではありませんが、試合前から胸がいっぱいになって、何も食べる気がしなかったです。普段でもそういうことがあるので、大丈夫だろうとたかをくくっていました。良い教訓を僕自身も得ることができました。
【本日の業務】
・事務作業
・朝ジョッグ
・平安練習見学
・京都探訪
・原稿
・大野社長と懇親会


1964936_309126985901914_758591543_n.jpg
 甲子園の初戦を前にして、京都へ行こうと思い立ったのは、別に学生時代のノスタルジーにひたるため(でもありましたが…)ではなく、大高の対戦相手・龍谷大平安を見ておきたかったからです。
 京都新聞の同級生に聞くと、学校の専用球場で朝から練習しているというので、良い機会だから京都に行ってみようと思いました。新大阪から新快速で京都へ。なんだかんだで京都に行くのは、02年にあった後輩の結婚式以来12年ぶりでした。
 京都駅の駅ビルは僕が大学4年の頃に新しくなり、駅ビル内にあるJR京都伊勢丹で半年ぐらい契約社員みたいなかたちでアルバイトしていました。京都から市営地下鉄烏丸線に乗り、御池で東西線に乗り換え。学生の頃は東西線は走ってなかったです。御池から20分ほど走った醍醐駅で降り、そこからタクシーで5分ほどのところに平安のグラウンドはありました。
 そこでの体験があまりに面白かったので、奄美新聞の試合当日掲載記事は平安の練習見学レポートになりました。
 平安の監督さんとは、練習前にやっているボディーワークの話できっかけができ、野球談議や指導論、いまどきの若者論など、様々な話題で話で盛り上がりました。
 通常なら投手はどんなボールを持っていてとか、注意打者がどんな選手かなどを取り上げるのでしょうが、このチームの練習や監督さんの考え方を聞くうちに、これはそういったことを紹介した方がいいのではないかと思いました。詳しくは「スポかごNEWS」の記事を読んでください。

532207_309161809231765_2116202828_n.jpg
 午前中で、一通り取材は終わったので、午後は久々の京都を堪能することにしました。
 東西線で御池に戻り、烏丸線に乗り換えて今出川駅で下車。この辺の雰囲気は僕が学生時代とちっとも変りません。駅の出口を抜けるときは「あぁこんなところを通って通学してたな」と懐かしさで、うるっときました。
 大学の様子は去年の大河ドラマ「八重の桜」でも紹介されていて、キャンパスが新しくなったことは知っていましたが、実際新しくなっていました。以前は同志社中学があったところが改修されて、大きな建物ができているし、通路がきれいに舗装されています。僕らが学生時代にフレッシュコンサートやフェアウエルコンサートをした学館ホールは取り壊されて、新しい建物になっていました。
 同志社時代の仲間、特に合唱団やゼミ関係の人なら分かる場所をあちこち回っていました。
 今出川キャンパスの通りを挟んで向かいにあったに「ニュー北京」はなくなっていました。新町キャンパス前の「馬馬虎虎」は看板だけ残っていましたが、中は別のお店でした。そこでお昼を食べ、お店の人に聞いてみると、経営していた人が変わったのだそうです。
 16年前まで、2年間住んでいたマンションは今でもありました。周りの様子が変わっていて、探すのに少し苦労しました。たいていは自転車で通っていました。ふと思い立ってそこから大学までの距離をウオーキングしてアプリで計ったら2キロありました。御所の中も少し歩きました。
140324京都06
 最後は四条川原町から鴨川、先斗町のあたりを散策。学生時代にアルバイトしていた先斗町の喫茶店は閉店してましたが、おかみさんが特別にあけてくださって、なぜか当時と同じコーヒーを作らされました(笑)。この数時間、「場所」だけをたどっていた中で、唯一当時を知る人と会えて良かったです。
 午後の短い時間でしたが、学生時代の2年あまりを駆け足でたどってみて、英気を養うことができました。
2014.03.24 丸1週間
【きのうの業務】
・事務作業
・甲子園観戦
・大高練習取材
・原稿


 18日に鹿児島を経ってから丸1週間が過ぎました。この間、甲子園野球に没頭して、曜日の感覚や世間の出来事にかなり鈍感になっています。
 安倍首相が何を勘違いしたか「いいとも」に出演したり、気が付けば毎朝楽しみにしている「ごちそうさん」や「ちりとてちん」も残り1週間になっていました。32年間続いた「いいとも」もいよいよフィナーレを迎えます。レノヴァの所属するNBDLの初代チャンピオンは昨季レノヴァを率いたマイケルコーチの東京EXが輝きました。
 鹿児島ではサッカーの鹿児島ユナイテッドがホームで会心の勝利を挙げたとか。記録によると3542人の観衆が集まったそうです。これまでの九州リーグでは500人から1000人ぐらいでしたから、一気に増えて、注目の大きさがうかがえます。試合は見ていませんが、記録を見る限り、地元のプロチームを応援する醍醐味をサッカーにそれほど詳しくない人でも分かりやすく教えてくれたゲームだったのではないでしょうか。KTSの中継を録画しておいたので、帰ったら見てみようと思います。
 まだまだJへの挑戦は始まったばかりだし、こんな風にすべてが順調にうまくいくことばかりでないのが、「品質保証」のできないプロスポーツ興行の難しさです。注目が大きければ大きいほど、いい加減な試合をしたり、期待を裏切るような行動、言動をすれば逆の流れになるのはいともたやすいものです。とはいえ、今は鹿児島にようやくできたプロサッカーチームをいろんなかたちで盛り上げていこうという機運が高まっているのは間違いないと思います。この結果に満足することなく、5年先、10年先をも見据えてチームの土台作りに励んでもらいたいものです。
140323安陵だより6号①_035

140323田口・山本_035
 きのうは甲子園の大高ナインの動きに密着しました。
 午後の練習は甲子園に一番近い津門中央公園野球場でした。思えば16年前の98年夏、初めて甲子園の取材に来たとき、その時の代表・鹿実が練習していたのもこの場所でした。鹿実に杉内がいて八戸工大一戦でノーヒットノーランを達成し、その試合は残念ながら甲子園で観戦できませんでしたが、松坂大輔のいる横浜との試合が僕にとっての「甲子園デビュー」でした。
 着いたその日、初めての甲子園取材に浮かれて、グラウンドで顔見知りの鹿実の選手に「調子はどう?」と気安く声をかけると、当時の久保監督から「練習中は選手に声をかけないでください!」と厳しくしかられたのを思い出します。グラウンドの様相はあの頃と変わらず、古色蒼然としています。そういえば、球場からこのグラウンドまで運んでくれたタクシーの運転手さんも鹿実の出身だとか。

 きのうの練習にはメンタル指導者の田口さんや、元神村監督の山本さんが激励に来ていました。大島の選手を相手に打撃投手を買って出たり、神村野球の神髄ともいうべき、走塁のコツを教えるシーンは「野球小僧」の僕には興奮ものでした。
 何より感動したのは、練習の後、後片付けをしながら山本さん自らほうきを持ってベンチを掃除していたことです。大高の選手にも「あす、あとでどこかのチームが練習に来ても、掃除はしとけよ」とアドバイスしていました。こういうところをきちんと指導者が模範を示していたからこそ、あの強さがあったのかと理解できた気がしました。
【本日の業務】
・事務作業
・大高取材
・池田―海南取材
・原稿


 きょうはオフのつもりだったのに、しっかり仕事をしてしまいました。
 試合までまだ間があり、きょうぐらいはリフレッシュしようと思っていました。朝ホテルに奄美新聞からセンバツの特集号が届いており、これはぜひ大高野球部にとどけなければとホテルへ。さすがにきょうは練習についていこうとは思いませんでしたが、ちょうど練習に行かずに裏方で支えている先生2人のことを安陵だよりに書こうと思って話を聞きました。仕事をしないつもりの方が、肩の力が抜けていい仕事ができるのかもしれません(笑)。

 池田―海南戦がカードとして面白かったので、観戦に行きました。スコアもつけず、ただ見てみようと思いました。
 最初は記者席で。池田はオールドファンにもお馴染みの学校、海南は地元・近畿勢であり、21世紀枠で選ばれた学校です。どちら側のアルプスも超満席だったばかりでなく、週末土曜日ということもあって球場全体がほぼ人で埋まった姿は圧巻でした。
140322-1海南応援席_035
 せっかくだからアルプス席の雰囲気も味わってみたいと、最初は三塁側の海南のアルプスへ。緑に白、白に緑の帽子をかぶった人たちで埋め尽くされた応援席は圧巻でした。ちょうど僕が移動した頃、海南に先制点が入り、アルプスの盛り上がりは最高潮に達しました。卒業生なのか、一般のファンなのか分かりませんが、大人の人たちが涙を流して喜び、数千人単位の人がハイテンションになっている空間は、なかなか見応えがありました。大高の試合の時、僕はアルプスには行けませんが、きっとこんな感覚、もしくはこれ以上の空間になると想像するとワクワクしてきました。

140322ー2池田応援席_035
 一塁側の池田のアルプスも見学してから、再び記者席へ。試合は終盤を迎え、海南が一方的に勝ち切るかと思われましたが、池田が八回に反撃。九回は併殺で万事休すかと思われましたが、前の回に好守でピンチをしのいだ遊撃手がまさかのエラーで逆にチャンスが広がり、最後は八回に流れを変えるセーフティーバントを決めた代打の選手が試合を決めるタイムリーを放ち、劇的な逆転サヨナラ勝利でした。
 野球の醍醐味が凝縮したような一戦を見て、思わずインタビュールームに向かいました。池田の監督さんとは、先日鹿児島に練習試合に来た際に顔見知りになっていたので、話も聞きやすかったです。

 午後2時過ぎには球場を後にして、近くの食堂でお昼を食べました。普段はやりませんが、きょうはオフなのでビールも頼みました。ふと周りを見回すと、年季の入ったおじさんたちがビール片手に野球談議に華を咲かせています。スタンドでは売り子のお姉さんやお兄さんが当たり前のようにアルコールを販売しているし、おつまみやら弁当やら、さながらお祭りの屋台のようです。行きの電車や、宿泊しているホテルの大浴場でも、世間話感覚で野球を話している人たちがいる。スポーツ観戦の文化が根付いた街であることを、改めて実感した休日でした。
2014.03.22 凡事徹底
【きのうの業務】
・事務作業
・開会式取材
・神村―岩国戦取材
・大高練習取材
・原稿


140321-2大高行進02_035
 きのうは早めにホテルを出ました。休日ということもあって、電車はおとといと違ってかなり空いていて、甲子園まで座っていくことができました。
 雨は上がりましたが、その分、冷え込みが厳しく、日の当たらないスタンドの記者席に長時間いると凍えそうでした。
 懸案だった写真も当日パスを受け取ることができ、心置きなく取材ができる安心感でようやく甲子園や開会式を楽しむ気になれました。大好きな「今ありて」の合唱は司会をした遠矢さんの声とともにICレコーダーに録っておきました(笑)。
 大島の選手たちにとっては人の多さや歓声、拍手のすごさが驚きだったようです。何しろ約3万の人間が一堂に集まる場面などこれまで直接めにしたことはなかったでしょうから、無理もありません。
 開会式は式典ですからそれでもいいですが、4日後にはここで試合をしないといけません。地に足つけて野球をやるのがいかに難しいか、きょうでシュミレーションできたでしょうから、残りの調整期間でコンディションを万全にして平安戦で思う存分、暴れまわって欲しいです。


140321-7神村5点目_035

140321-8神村・山本3ラン_035
 神村学園の開幕戦は、初めて甲子園の三塁カメラ席で観戦しました。これまで甲子園取材は何度も経験していますが、いつもバックネット裏の高いところにある記者席かアルプス席のみでの観戦でした。今までで最も選手に近いところで見た甲子園の野球でした。
 背景にある大観衆や独特の構造など、甲子園は確かに特別な舞台であることが実感できました。
 とはいえ、僕自身が甲子園の雰囲気にのまれては仕事になりませんから、気持ちを切り替えて試合に集中しました。三塁側のカメラ席で観戦することはこれまであまりありませんでしたが、全く初めてというわけではありません。左打者の良い打撃シーンを撮るために鴨池でも何度か経験しています。
 時間が経つにつれて、僕自身も慣れてきたせいか、甲子園の野球を違った角度から眺めるようになりました。確かに観衆や球場は他に例を見ないけど、フィールドでやっている野球は鴨池も、甲子園もそう大きな違いはないのではないか。特に神村の選手たちをみていると、この舞台でも舞い上がることなく、淡々と自分たちの野球をこなしていた姿が、これだけ近くで見ていて伝わってきました。
 彼らの言う「凡事徹底」とはまさにそういったことの積み重ねなのでしょう。やっている野球は、確かに洗練されたチーム同士の試合らしいうまさがある。それも県予選からの積み重ねで作り上げたものです。神村の試合を見ながら、彼らがここで勝つことを目標に日々積み上げてきたことがうかがいしれた一戦でした。
【本日の業務】
・事務作業
・開会式リハーサル取材
・四つ葉整骨院
・原稿


 朝からきのうのハードな運動の反動で身体が重かったことに加え、球場までの地下鉄では鹿児島ではまず経験することのない通勤時間の満員電車に圧倒され、球場に着いたときは大島の部長さんから「顔色が悪いよ」と心配されましたが、終わってみると感動することがいっぱいあった一日でした。

 球場のスタンドで大島と龍谷大平安の監督さんが初戦に向けての意気込みを語るインタビューがありました。共同会見の後、個別に平安の監督さんとの雑談が面白かったので「安陵だより」に採用しました。

140320司会進行_035
 きょうは開会式のリハーサルでしたが、雨のためスタンドを使って簡素化されて、主将とプラカードのみの参加でした。イマイチ盛り上がらなかった中、開会式の司会進行を務めるのが鹿児島純心と鶴丸の女の子ということに感動しました。何でも全国放送コンテストのアナウンス部門と朗読部門で優勝したということで大役に抜擢されたそうです。
 先日の歴史館のボールに続いて、甲子園に関わりのあるところで母校の名前が出るのは、OBとしてもうれしいものです。記事で取り上げる時間はないかなと思っていましたが、球場を出ようとしたところでうまい具合に出会えたので、いろいろと話を聞きました。さすがアナウンスの訓練をしているだけあって、言葉のチョイスが大人びていました。あすの本番後では記事にしている時間がなさそうなので、明日に向けての意気込みということで記事を書きました。

 午前中で仕事の目途がついたので、梅田に戻り、大学時代の合唱団の先輩にお昼をご馳走になりました。実際に会うのは12年ぶりぐらいなのに、お互い学生時代とまったく変わっていませんでした。「久しぶり」感があまりなかったのは、お互いFBをやっていて、近況はマメに入っているからでしょう。
 1時間余りの慌ただしい時間でしたが、昔話や思いつく限りの先輩、同級生、後輩の近況などいろいろ語りました。お互い共通の趣味であるランニングも話題になり「合唱で声を出すときにお腹の支えを作ることとランニングで体幹を鍛えることは共通している」という結論に達しました。おそらく日本でその両方を経験している数少ない2人にしか分からない共通見解だと思います(笑)。

1958366_308101682671111_1259026234_n.jpg
 午後は今回の出張の宿を手配してくださった社長が経営している整骨院におじゃましました。東梅田から谷町線で「喜連瓜破」という大阪で3大読みにくい地名の一つに挙げられる駅の近くにあります。きのうの運動や、連日重い荷物を担いで動き回って酷使したつけで身体がパンパンだったのを、丁寧にほぐしていただきました。
1975013_308101706004442_1728605979_n.jpg
 ここは鹿児島のオルタナとも通じていて、互いに仁誠塾のメンバーです。本日最も驚いたのは、そこにいた先生の1人が東亜大野球部のOBだったことです。まさかこんなところで、共通の知人がたくさんいる人に会うとは思ってもみませんでした。おかげさまで、来るときは重かった身体が、帰るときはすっかり軽くなって、帰ってからの仕事もスムーズに終わりました。
 偶然だけど、考えてみれば必然の要素がたくさんある人のつながりに本当に感謝できた一日でした。
【本日の業務】
・事務作業
・大高練習取材
・原稿


140319大高練習01_035
 きょうも大高野球部に密着取材。アップの時から部員にまじって汗を流してみました。
 天気も良く、絶好の「野球日和」です。会場の舞洲ベースボールスタジアムは、大阪五輪招致の際に建設されたスポーツ施設の一部で、高校野球の大阪大会決勝などはここでやるそうです。フェンスも高く、広くて立派な球場でした。
 アップや坂ダッシュを一緒にやって、テンションが上がり、打撃投手もさせていただきました。重原主将にフェンス直撃のホームラン性の当たりを打たれたのは一生の思い出になります。思えば10数年前からこんなこともやってみたくて、いろんな学校の練習に参加させてもらって汗を流してきました。それが期せずして叶いました。久々だったので、途中しんどくなりましたが、「あぁ、今自分の夢がかなっているんだな」と思い直して1ケース分投げ切りました。最後は外野を走り回ってボール拾い。ちょうど良いマスターズに向けての自分の練習にもなりました。

 このところ、連日飲み会も続いていたので、今夜は1人で食事。懐かしい学生時代の先輩や後輩に電話をしてつかの間のノスタルジーに浸ったり、ついて2日目ですが汗をかいて洗濯物がたまったので洗濯するなど、有意義な時間を過ごしました。
【本日の業務】
・事務作業
・甲子園練習取材
・原稿
・懇親会


140318甲子園練習_035
 9年ぶりに甲子園に帰ってきました。改修工事がなされてからは初めて来ました。見た目は確かに新しくなったけど、球場独特の雰囲気は何も変わりません。
 甲子園練習の取材で、甲子園の「土」も踏めました。取材では何度も甲子園に来ていますが、実際にグラウンドに立ったのは、11年前の夏に開会式のリハーサルを取材したときや、9年前に神村学園がセンバツで準優勝して、決勝戦の後だけはグラウンドで取材ができたその2回だけです。
 グラウンドからスタンドを見上げると、ここに奄美市の人口より多い観衆が入って、野球をする感覚ってどうなんだろうと想像するだけでワクワクしました。
 練習のあと外野席入口近くにある甲子園歴史館で感動的な体験をさせてもらいました。入場料がいるということで躊躇していたら大高の中山先生が「私より甲子園を愛してらっしゃるから」とチケットを譲っていただきました。
 入って右手のところに約4000個、全加盟校分のボールが壁一面に敷き詰められていました。甲子園出場経験があるたびに、そこに学校名が入ります。その中で「大島」の名前を見たのもさることながら、「鹿児島一中(鶴丸)」と書いてあるのを見て、思わず目頭が熱くなりました。
1013842_307313449416601_1334259701_n.jpg
 鹿児島県の甲子園の歴史は1925年春センバツの我が母校の偉大な先輩たちから始まり、89年の歴史の中で12校が甲子園の土を踏み、13校目に大島の名前が初めて刻まれたことに感慨深いものがありました。これからもっと多くの校名が、ここに刻まれることをになるでしょう。ひょっとするとそのきっかけが今回の大高なのかもしれません。
 それもさることながら、僕自身もマスターズで甲子園に出たいと強く思いました!(笑)
2014.03.17 準備完了!
【本日の業務】
・事務作業
・オルタナ
・後援会会報誌発送作業
・出張準備
・原稿


 あすからの甲子園出張に向けて、こちらで済ましておくべきことは一通り終えました。
 きょうは特に母校の野球部後援会の会報誌の発送作業に時間がかかりましたが、1年生野球部員がよく手伝ってくれて、効率よく済ますことができました。いろいろ考えだすと、まだまだやり足りないことが出てきそうなのですが、欲をいったらきりがありません。ひとまず心置きなく関西へ旅立てる準備はできました。
2014.03.16 品質保証
【本日の業務】
・事務作業
・レノヴァ取材
・ユナイテッド取材
・原稿


140316感謝07_035
 レノヴァの試合について思うことは記事に書き尽くしました。
 きのう、きょうと試合を見ながら「プロスポーツは品質保証のできない商売である」といった山谷専務理事の言葉が身に染みました。
 きのうや、きょうの前半のような「品質」の高いバスケットを随所に見せても、きのうような逆転負け、きょうの後半のようにきわめて質の落ちたバスケットになってしまうと、「お金を払って見たい」と思う人はやはり厳しくなります。
 しかし、「バスケット以外」のところで「品質保証」を頑張った人たちの努力で、きょうの試合のトータルは感動的で心地よい空間になりました。
140316レノヴァ10_035
 ハーフタイムでスポンサーさんからの提供商品を、会場で一番大きな声を出した人にプレゼントするという演出などは、些細なことだけど会場が大いに盛り上がりました。こういったちょっとした創意工夫だけで、観客、そしてスポンサーさんに対する「品質保証」ができるわけです。今季のホームゲームを見ていると、バスケットのこと以上に、そういった面での運営側の工夫がまだまだ足りなかったように思いました。

 鹿児島ユナイテッドが初白星を挙げ、鹿児島も遅まきながら「地元プロスポーツを応援する」コンテンツが少しずつ充実しだしました。これからは競技間同士の競争も激しくなるでしょう。それは悪いことではありません。互いを良いライバルとして刺激し合い、高め合って、鹿児島を盛り上げていって欲しいものです。

140316レノヴァ08_035
 試合以外の感想です。まずはきょうの観客に拍手でした。最終戦ということもありますが、試合開始から声援が止むことがありませんでした。素晴らしいプレーには惜しみなく拍手を送り、ふがいないときでも罵声ではなく選手を奮い立たせるような声があちこちから聞こえてきました。タオルを振って会場が一体となって盛り上がるシーンは、それだけでも見に来た価値があったと思えました。レノヴァは負けてしまったけど、プレーオフに進むDライズに「GO!GO!Dライズ!」と心からの声援を贈れるファンは全国でもそういないでしょう。心から感動したファンのスポーツマンシップぶりでした。
 その数はおそらくまだ数百人のレベルでしょうが、「地元のプロスポーツを応援する」楽しさを思う存分満喫できる人たちが鹿児島にも定着し始めたことを感じさせてくれました。その仕掛けをこれまでずっと続けてきたMBC岡田アナのMCぶりも素晴らしかったです。

 何よりもオフィシャルチアのレディーラックに心から拍手を送りたい気分です。ダンスやパフォーマンスの専門的な良し悪しは分からないけど、彼女たちの笑顔と元気は、開幕してからきょうまで、どの試合の、どんな展開でも変わることがなかった。
 何度も試合を見ていると、ふがいない展開に正直、仕事の手を止めてあきらめそうになったことが何度もありました。その度にレディーラックの全力の笑顔で応援する姿が、絶対に最後まであきらめちゃいけない気持ちにさせてくれました。観客の出すチケット代の半分は彼女たちのパフォーマンスに払われたものといっても過言ではないと思います。

 今シーズンの戦いは終わりましたが、レノヴァというチームは今後も続いていきます。こういう楽しみを、もっともっと多くの人に知ってもらい、鹿児島にプロスポーツ文化を根付かせるために、僕は自分の仕事に全力で取り組みたいと思います。
【本日の業務】
・事務作業
・会報誌発送準備
・出張準備
・新港取材
・レノヴァ取材
・原稿


 昨夜から大いに悩んでいたのは、18日からの宿泊先でした。特に20-22日の3連休あたりがものすごく混むらしく、ネットで調べても、電話をかけても、全く予約が取れません。「大都会の大阪だから、1件ぐらいヒットするだろう」とたかをくくっていましたが、思い通りにいきません。
 一縷の望みである方にお願いしたところ、その方を通じて大阪の方がいろいろ動いてくださって、何とか25日まで8泊の宿が確保できました。
 自分のために人が動いてくださったこと。本当にありがたくて感謝の気持ちが湧きます。月並みですが人の縁、つながりの大事さ…「相身互い、情けは人のためならず」という格言が身に染みました。

140315新港02_035

 きょうもきのうに負けず劣らずハードな一日でした。午前中は出張の手配をしたり、野球部後援会会報誌の発送準備をしたり、こまごまとした雑事をこなし、午後はきょうから運用開始となった鹿児島港新港区の取材でした。
 国会議員や県知事、県議、市議や経済界の重鎮らそうそうたる顔ぶれがそろった記念式典に、よりによっていつものスポーツ取材風のラフな格好で参加してしまい、肩身の狭いことしきりでした。出かける前にTPOは最低限考慮すべきと反省します。
 新しくできたフェリーターミナルは、何といってもロビーから眺める錦江湾と桜島の眺めが最高です。天気も良くて運用開始にはもってこいの陽気でした。記事にもあるようにこれからここを拠点にして奄美・沖縄との交流人口が増えることを期待します。

140315レノヴァ05_035
 夕方はレノヴァの取材。今季のレノヴァの試合も残すところホーム2試合。きょうの一戦は内容的にも良い点が随所に見られただけに、勝てなかったことが本当に悔しかったです。
 立ち上がりからアビブが相手の外国人をブロックしたり、ものすごく良いバスケットをしているのに、なかなか点差がつきません。第1ピリオドが終わったあと記録を確認してみると、レノヴァは16本シュートを放って、4本しか決めていないのに、相手はシュート数こそ8本ですが6本決めています。シュート率25%と75%の差が、この後どのくらい影響するのか気になっていましたが、最終的にはその差が出てしまったような展開でした。
 ハードに守備して、より多く攻撃の回数を作りながら決めきれなかったレノヴァ、思うように攻められないまでも要所は確実に決めていたDライズ。最後はブザービーターで3ポイントを決められ同点に追いつかれ、延長で力尽きたのも、振り返ってみれば必然の流れだったのかもしれません。
 ただきょうの試合中は、そんなことを感じさせないほど、選手たちは勝つことに集中して良い表情で戦っていました。試合が終わった後、数人の選手たちがコートに出てシュート練習をしていました。終わった結果は変えられない。残り1試合、何としても勝利で終わるために今できることを1人1人が真剣にやる。そんな気持ちが伝わってきました。
 泣いても、笑ってもあすが今季のレノヴァのラストゲーム。笑顔で終われることを期待します。
2014.03.14 怒涛の一日
【本日の業務】
・事務作業
・抽選会取材
・原稿
・読書


537075_305931249554821_270264963_n.jpg
 朝8時過ぎに毎日新聞に行って、抽選会を取材してから、午後2時の新幹線に乗るまで、怒涛のごとく時間が過ぎました!
 大高は龍谷大平安と、神村は岩国と、ワクワクするような組み合わせです。大高にはスラムダンクの湘北ー山王工みたいな試合をして欲しいですね。それ以外にも池田―海南、報徳学園―沖縄尚学、智弁和歌山―明徳義塾、横浜―八戸学院光星と、見応えある好カード目白押しで甲子園滞在が楽しみです。
 組み合わせが決まって、平安の監督さんや主将にも話を聞きましたが、86回のセンバツ中半数に近い38回の出場回数を誇るだけあってインタビューの受け答えにも余裕が感じられました。甲子園は「球場に入ってから全てがいつもと違うところ」と監督さんが言うように、「いつも通りの野球」がいかに難しいかを知悉していると言えます。当然、まだ大高に対する具体的なイメージはありませんが、島の子供たちで島をあげた一丸の応援と勢いを何より警戒している様子でした。大高は変に構えることなく、普段通りの野球ができる準備を精いっぱいやり切ることがカギでしょう。

 それにしても抽選会は、あまりの報道陣の多さに圧倒されそうになりました(^^;;
 何しろ、さして大きくないホールに、出場32校の主将、監督、部長96人がいて、これに大会役員、報道陣を加えると、おそらく300人ぐらいの人数はいたと思います。これほど多くの報道陣がいる中で取材をした経験は、僕自身の中で過去にあまり例がないです。
 NHKでかつて鹿児島にいて、今全国的に有名になってるアナウンサーの方と再会できて、しばらく会話をしていたら肩の力が抜けました。何より驚いたのは、対戦相手の京都新聞の担当記者が同志社の同級生でした\(^o^)/。茨城のインターハイ以来12年ぶりの再会でした。次に大阪に来るときは最低1週間の期間があるので、かつての仲間に会ったり、京都にも時間をみて遊びに行こうと思います。

 鹿児島に帰り、18日に再び大阪入りします。18日に再び大阪入りして、予定では大高の初戦がある25日まで8泊はみておかないといけません。大都会の大阪だから宿泊のホテルは簡単に見つかるだろうとたかをくくっていたら、家に帰ってネットで検索した梅田近辺のホテルに問い合わせたら、軒並み満室とのこと。特に来週末の20-22日あたりが連休でどこもいっぱいだと断られました。10数件調べて全くお手上げです。仕方なく大阪によく出張するF先生に相談しました。地元のネットワークも持っていらっしゃるので、それにかけたいと思います。何かと気苦労が絶えません(苦笑)。
【本日の業務】
・事務作業
・大阪出張
・記者証受け取り
・取材


1966800_305550869592859_1587568499_n.jpg
 きょう、あすとセンバツの抽選会の取材で大阪へ。
 初めて新幹線を使いました。「みずほ」ではなく「さくら」だったので4時間あまりかかりましたが、それでも格段のスピードです。思えば20年ほど前、大学受験で博多に行ったとき、特急を使って5時間以上かかり、大旅行をした気分になりました。それよりも早く大阪まで着くわけですから、「文明の進歩」を感じます。

 新幹線に乗ったことをFBに書いたら、学生時代の先輩が「鹿児島から大阪まで新幹線で行ける」ことを初めて知って驚いていました。つい先日の3月12日に開業3年を迎え、鹿児島に住む我々や九州管内に住む人には当たり前になりまsたが、まだそのことを知らない人がいることが驚きでした。考えてみれば、いざ開業を迎えようとした前日に東日本大震災があり、鹿児島で予定されていた様々な開業イベントや、地元各局が用意していた特番も軒並み中止になりました。
 もし震災がなかったら全国的なニュースにもなっていたでしょうから、九州以外の人も「新幹線が開通した」ことぐらいはもっと知っていたかもしれません。当時は未曽有の大災害でテレビも新聞もそれ一色でしたから、開業したことを知らない人も意外に多いのも無理からぬ話しです。

 お昼過ぎに新大阪について、在来線に乗り換えて大阪駅へ。大阪駅の駅ビルがものすごく大きくなっていて驚きました。学生時代、4年間を京都で過ごし、特に就職活動などをしていた頃は、しょっちゅう大阪も行き来して、梅田近辺は土地勘があるつもりでいましたが、一つ巨大な建物ができたことで、距離感や方向感覚がおかしくなり、最初の目的地にしていた阪急梅田近くのホテルを探すのに苦労しました。
 都会に出てくると「人波」という言葉が実際に存在することを実感します。幾多の人が波のように思い思いの方向に歩いていくのが日常化した光景は、鹿児島ではあまり見ることがありません。ぼんやりしていると波に呑みこまれ無機質な人間になってしまいそうな恐怖を久々に感じました。

 ようやくホテルを探し当て、重い荷物を置き、身軽になって近くの飲食街で昼食。天ぷら屋で天丼定食を食べていると目の前に「富乃宝山」「黒霧島」の一升瓶が置いてあります。全国的な焼酎ブームはもうだいぶ以前から聞く話ですが、実際に県外に出て当たり前に芋焼酎がふらっと入った店にもあるのを見て、うれしくなりました。
 会計をするときに、雑談すると、焼酎はもう当たり前に置いてあるし、大阪駅の変貌ぶりもここ2、3年の話なので、地元の人も戸惑っているとか。人心地がついて、ようやく落ち着きました。
 きょうの一番の目的は難波にある共同通信の大阪支社に行って、記者証を受け取ることです。たまたま奄美新聞の部長さんと知り合いという方がいらして、その方宛に島の黒糖焼酎を預かっていました。4時におじゃまするということで、少し間が空きました。
 せっかくなので、次にここにきて取材する際の移動がスムーズにできるよう、あちこち動き回って、土地勘を取り戻すことに専念しました。一番大事なのは阪神電車の駅です。甲子園取材の大動脈ですが、阪急、JR、阪神と位置関係が分からないと戸惑います。歩き回っているうちに、学生時代やかつて甲子園取材をしていた頃見覚えのある光景をみつけ、ようやく地に足をつけて取材できそうな手ごたえを感じました。

 考えてみれば、関西に来るのは、06年6月に障害者陸上の全国大会に目の見えない人の伴走で来て以来8年ぶりです。このときは団体旅行でしたから、流れについていくだけでよかったです。甲子園は05年のセンバツ以来9年ぶりですが、あの時は宿所が甲子園の近辺で、梅田近辺ではありませんでした。
 実際に梅田の辺りをちゃんと歩いたのは、03年夏、鹿児島新報で最後に甲子園取材をして以来11年ぶりのことです。「浦島太郎」気分になるのも、無理からぬことでした。

923490_305573339590612_1201174443_n.jpg
 3時過ぎに難波に移動し、まだ時間があったのでジュンク堂書店に行き、スポーツ本のコーナーを散策していると、昨年出した拙著「鹿実VS薩摩中央」が1冊売っていまいた。
 新幹線の車中で、この本を初めて最初から最後まで読者として読みました。試合を表現する感覚だったり、この10年あまりの鹿児島の高校野球の歴史をおさらいできて良かったです。締めくくりが昨春の尚志館のセンバツでしたが、このときに喜界の監督さんが「残る悲願は離島からの甲子園だ」と言ってたのが、まさかその翌年にこんなかたちで実現するとは思ってもみませんでした。そんな「歴史の流れ」を確認する上でも、手前味噌ですが拙著は役に立ちます。本を出すのは何かとしんどい作業ですが、出して良かったと改めて思えた出来事でした。
2014.03.12 確定申告
【本日の業務】
・事務作業
・オルタナ
・確定申告
・県庁
・SCC


 確定申告を済ませ、ホッと一息。2013年の自分の「経済活動」が一目瞭然です。今後を考える上で参考にしたいことがいろいろ見えてきます。大きな懸案事項が一つ片付いたので、明日は心置きなく大阪への出張に行けそうです(笑)。
 県庁に行く用事があったついでに国体準備室に寄りました。課長さんが以前からの知り合いで、息子さんの結婚祝いを述べると同時に、新たに出すスポーツマガジンの構想を語りました。中身で国体のPRページをとることを考えています。国体を真の意味で鹿児島にスポーツが根付く起爆剤にするための活動の一環です。

 夕方はSCCの練習。お昼過ぎまでの晴天とは打って変わって、雲行きが怪しくなりました。風が強いです。ラジオのニュースで「新潟で春一番が吹いた」といってましたが、鹿児島もそれっぽい感じでした。
 きょうは4000m×3のビルドアップ走。どうも練習開始から身体が重く、1本目の4000mを走ったらお腹が痛くなったので大事をとり、その後軽くランニングして早めに上がりました。数日前から調子が良くありません。無理は禁物!
【本日の業務】
・事務作業
・会報誌作成
・確定申告
・甲突川RC


 東日本大震災から丸3年を迎えました。
 先日、テレビで地震発生時と津波の映像を久しぶりに見ました。建物が倒壊し、逃げ惑う人々。想像をはるかに超える津波の威力になすすべなく破壊される町並み。映像には映っていないけど、壊され、流されていく家や車の中で、いったいどれほどのかけがえのない命が失われたのか、人々が大切にしていたものがなくなってしまったのか。そんなことを想像するだけで、何と表現していいか分からない悲しみと怒りで、胸が張り裂けそうになりました。
 4年、5年、10年、20年、50年、100年…時が経ち、悲しみが癒え、復興の歩みが進んでも、「3・11」が来るたびに、これからも私たちはこの時感じた「痛み」を忘れることはないし、忘れてはいけない。理不尽に失われた命に報いるためにも、今生きてる私たちはこの人たちに誇れる社会を作る義務がある。そのためにきょう、僕ができることは何か考えて、明るく元気に生きていこうと思います。
 改めて、東日本大震災のすべての犠牲者の冥福を心よりお祈り申し上げます。
【本日の業務】
・原稿
・事務作業
・スポーツトークセッション
・自民党取材
・バスケットサミット取材
・原稿


140309トークセッション_035

 SCCが主催する「スポーツトークセッション2014」に参加しました。20人ほどが参加し、「総合型地域スポーツクラブ」について、様々な意見を交わし、今後のスポーツのあり方についていろいろ考えさせられた会でした。

 「総合型地域スポーツクラブ」という言葉が世に出て十数年経ったでしょうか。国のスポーツ基本計画の中にも「地域のスポーツ活動の拠点」と明記されていながら、その存在は今一つ世間一般に認知されているとはいえないのが実感です。
 その理由は何なのか? きょうの参加者の意見でもありましたが「分かりにくい」ということに尽きると思います。地域にある多世代、他種目のスポーツクラブというのが、辞書的な意味です。全国に約3500のクラブがあり、全人口の約1%が会員として活動しているとされています。何を隠そう、僕自身もSCCという「総合型地域スポーツクラブ」の会員ですから、その1%の中に含まれています。ただ「多世代」のクラブで活動している実感は十分にありますが、「他種目」というよりは「陸上クラブ」に所属している感覚が強いです。会員としてはそれに何の不都合も感じません。
 何年か前に、同じ県民交流センターであった総合型地域スポーツクラブのシンポジウムみたいなものに参加した際に、あるクラブの代表者が、いかに参加者が集まらなくて、行政の支援もなくて大変であると訴えていたことを思い出します。そこから伝わってきたのは「お上の命令で作れといわれて作ったのに、お上がほとんど助けてくれない」という「被害者意識」でした。
 「本来、自由意思で行うものに国がかたちを決めてしまうのはいかがなものか」。きょうの毎日新聞・石井さんの言葉が腑に落ちました。そこにいる人、地域の実情により、スポーツのかたちは様々あるはずなのに、国が「多世代、他種目のクラブでなければならない」と「鋳型」を作ってしまっていないか。あの時感じた違和感の答えがここにありました。

 プロのスポーツクラブでも、こういう総合型SCでも、うまくいくか、いかないかのまず根本にあるのは、やる人の「情熱」だと思います。「お上から言われて仕方なくやらされています」という人が運営するクラブに、お金を払ってスポーツをする人はまずいないでしょう。
 継続できるかのカギは「マネジメント能力」です。先日の講演会で日本バスケットリーグの山谷専務理事は「行政が大きなお金を出して支援しているプロクラブは、まずうまくいっていない」と言いました。行政の支援が悪いというのではなく、支援を受けることで他力本願になってしまい、いつまでたっても自立しようとしないクラブ側の姿勢を問題視しています。これはプロでも、総合型SCも同じだと僕は考えます。自分たちが提供できるサービスは何か。助成や支援に助けられることはあっても、それを徹底して追求する姿勢を怠ってはなりません。

 僕らがSCCの活動に共鳴するのは、おおたさんの過去の体験に基づき、本当に地域に支えられるクラブを作りたいという情熱に共感したからです。では、どうやったらそんなクラブができるかの試行錯誤の中で、様々なイベントや教室が生まれ、NPO法人や総合型SCというかたちにたどり着きました。そういうボトムアップの活動姿勢が多くの人に支持されているのだと思います。

 セッションの締めくくりに、石井さんがサプライズでおおたさん夫妻にメダルを用意していました。おおたさんが思わず号泣したように、僕ももらい泣きして涙でカメラのピントがぼけてしまいました。
 いろいろスポーツについて、難しいことをあれこれ議論してきたけど、一番の根本にあるのは人と人とのつながりであり、心揺さぶる感動なのだと教わりました。東京、岐阜、鹿児島、ここに集まった20人程度でも、それぞれ活動の場所も、仕事も違うけど、「スポーツ」を通じて同じ感動を共有できる。参加して本当に良かったと思えた会でした。
【本日の業務】
・事務作業
・朝ラン
・練習試合取材
・サミット取材
・レノヴァ原稿
・懇親会


 朝の散歩から夜の懇親会まで、どっぷりとスポーツ三昧。まるで「スポーツ漬け」にでもなったような一日でした。
1781877_303631969784749_1425630743_n.jpg
 朝ジョグの代わりに、久しぶりにくぅーたろーを連れて城山にお散歩にでかけました。相変わらず、行きは家に帰りたくて仕方ない様子でウロウロ、チョロチョロするのに、帰りは一目散でした。展望台でワン友・クレイ君のパパに2ショット写真を撮ってもらいました!\(^o^)/

140308練習試合_035
 きょうから高校野球の対外試合が解禁です。センバツにも出場する徳島の池田が川内、鶴丸と練習試合をするということで、午前中は小野球場まで観戦に行きました。22年ぶりの甲子園に出場する池田はオールドファンには懐かしい名前です。今季初の対外試合ということで、徳島のNHKやスポーツ紙の記者らしき人が数人取材に来ていました。

 昨年11月の1年生大会決勝以来、約4か月ぶりに、僕もスコアブックを開きました。もう十数年この仕事をやっていますが、毎度毎度新鮮な気持ちでこの時期を迎え、「球春到来」という言葉をしみじみ感じます。
 川内戦は序盤は1点を争う緊迫した展開。グラウンド整備後の六回に両者同じように四球がらみでチャンスを作りましたが、もらったチャンスをしっかりものにした池田、できなかった川内、最終的なスコア10-4にその勝負強さの違いが出ていました。
 試合後、中迫監督がナインの前で、この試合のポイントとなった場面をいくつか挙げ、そこをものにできるかできないかが勝負なのだということを厳しく語っていました。練習試合とは勝った、負けたの結果以上に、そういうことを身をもって体験し、チームの力をつけていくためにあるもの。そんなことを再確認できました。
 この対戦は池田の監督さんが中迫監督の大学時代の後輩であるという縁で実現したものです。試合後、2人が談笑しているところにまぜてもらい、かつての「蔦野球」のことなど興味深い話が聞けました。こういう「野球小僧」な会話が大好きです。
 第2試合までの合間は、両者入り交じってシートノック。川内、池田、双方の部員たちにとって得難い貴重な経験になると思いました。

140308サミット_035
 午後は、中央駅まで出張用のチケットを支払・受け取りに行ってから、県体育館でバスケットサミットの取材でした。
 この時期の恒例行事としてすっかり定着しましたが、明らかに普段のレノヴァの試合以上となる1000人を超える観客の前でバスケットができるという意味について、いろいろ考えさせられました。
 例えば中学選抜と高校1年選抜の対戦は、2週間後のジュニアオールスターの壮行試合です。これも毎年やっていることだけど、学年でいえば2つ上の世代と対戦するということは、来たるべき全国大会でフィジカル、スピードとも格上のチームとやることを想定した実戦練習です。それもセンターコートで大勢のお客さんの前でやるということは、全国の決勝をも視野に入れた「極上の舞台装置」が用意されているわけです。
 今やっている選手たちは、新人戦や総体が時期がくれば開催されるように、あるのが当たり前の感覚になっています。「小学生から一般まで、まとまってこういう取り組みをしているところはない。うらやましい」と福岡の高校男子選抜の監督さんは話していました。改めてこういうイベントを用意して、観客を呼ぶ取り組みをしてきたことをすごいと思いました。
 「もっとどよめきが欲しい」とも県協会の理事長は言います。本気で白黒をつけにいく試合ではないけど、こういう舞台で、観客がどよめくようなプレーを見せることは小学生であれ、中学生であれ、高校生であれ、のちのちきっと役に立つことがあると思います。「大勢の観客の前でプレーする」のは、選ばれた人でなければなかなか体験できたいことです。

 夜はあすSCCが主催するスポーツシンポジウムの懇親会。気心の知れた仲間同士の飲み会でしたが、中身の濃いスポーツ談義で盛り上がりました。 

 いろんなことが楽しくてワクワクするような一日だったなかで、唯一残念なのがレノヴァが負けてしまい、プレーオフ進出の可能性が消滅したことです。
 最下位・黒田電気を相手に21点差の大敗。試合後の記録をみても、シュート成功率28・1%、フリースロー成功率56%、リバウンドは相手より8つも少ない42個、ターンオーバー19…目を覆いたくなるような数字のオンパレードでした。
 「試合開始から何かがおかしいという雰囲気を、40分間払しょくできなかった。相手を上回ろうという気迫を1秒も感じられなかった」
 小原コーチは言います。最も聞きたくなかった、残念なコメントでした。スポーツの試合ですから、思うようにうまくいかないことはあります。でも、まがりにも「プロ」を名乗る以上は「何か」を示すことが最低限の仕事であるはずなのに、よりによってもうこれ以上負けられない試合でそれが出てしまったことが何とも残念です。
 長いことスポーツの仕事をしていますが、結果として出てくることに嘘はないと確信を持って言えます。それはどの競技にも共通していることです。結果として出たことは、そのチームや選手がその時点でもっている何かを案外正直に物語っています。それが何であるかは、実際に見てみないと分からないし、実際にプレーした選手にしか分からないことでしょう。
 試合はまだ3試合残っています。来週はホームゲームが2試合あります。POの可能性はなくなりましたが、自分たちはプロであると誇りを持って言い切れる何かが、応援してくれる人に伝わる試合をして欲しいものです。
2014.03.07 出張の準備
【本日の業務】
・事務作業
・会報誌原稿
・スクラップ
・出張準備
・経営セミナー


1903021_303381233143156_1214968877_n.jpg
 夕方、所用で歩いて出かけた際、近所の公園で寒風に負けず遊ぶ子供たちを見かけました。サッカーしたり、野球したり、バスケしたり、遊具で遊んだり…こういう光景を見ていると、不思議と元気がわいてきます!\(^o^)/

 きょうもひたすら家仕事でした。
 ついつい後回しにしていた母校野球部の後援会報誌を一気に書き上げました。何を書こうかずっと思案していましたが、大高のセンバツ関係で書いたことが良い具合に使えたので、思ったよりもスムーズに書けました。
 予定では午前中いっぱいかかるとみていましたが、1時間ほど早く終わったので、先週から取り組み始めた新聞スクラップ。11月分まで終わりました。ずっと心に引っかかっていたものが少しずつ片付くのは気持ちの良いものです。

 来週はセンバツの抽選会取材のため、大阪に1泊2日で出張するため、交通手段や宿泊先を確保しなければいけません。どうもこういう予約を入れるのが億劫です。最近はネットでいろいろできて便利なようですが、選択肢が無数にあるので混乱します。

 こういうのは旅慣れた人にアドバイスを受けるのが一番です。関西方面にもよく出かけるトレーナーのTさんに聞いてみると「JRのホテルパックが便利」とのこと。
 早速ネットで調べて申し込もうとしましたが、今一つ要領を得ません。個人的には人と話すのが一番いいので、問い合わせ番号にかけてみましたが、何度かけても話し中になってしまいます。せっかく仕事が早く片付いて良い気分だったのが台無しになってしまいました。
 少し時間をおいて、つい先ほど電話が通じ、結果的には良い感じで予約がとれました。せっかくなので、電話とネットとどちらがお得なのかと尋ねると、ケースバイケースでそう大きな違いはないけど、ウェブ限定のパックだったり、早割だったり、確実にそれを利用することが分かっている場合は、安くなるようです。結局、自分で手間をかける分安くなるとか、確実に集金できるから割り引くということなんでしょうね。ひとつ賢くなりました!(笑)
【本日の業務】
・事務作業
・オルタナ
・原稿


1606888_303262309821715_525809839_n.jpg
 カラオケ・ビッグバンにて\(^o^)/
 お客さんから指摘があって、手書きですが神村学園の名前も入れたそうです。
 キバれ!神村\(^o^)/ キバれ!大島\(^o^)/

 朝、オルタナでクタクタになった身体をリフレッシュし、10時過ぎに帰宅してから、ひたすら大高野球部の特集原稿を書いていました。お昼過ぎには終わる予定でしたが、何やかんやで結局、19:30ぐらいまでかかってしまいました。
 文章を書くのはもちろん、写真を選んだり、成績表を作ったり、あれこれこだわっているうちにあっという間に時間が過ぎました。いろいろ大変でしたが、納得いくものができてホッとしました。紙面になる日が楽しみです。

 奄美への往復の飛行機で「七つの習慣」を再読。ただ今、第1の習慣「主体性を発揮する」を学習しています。
 笑ったり、怒ったり、泣いたり、悲しんだり…生きていれば様々な「感情」がわきます。それらは自然とわき起こってくるように考えがちですが、結局は長年の習慣に基づいて自分自身で「選択」しているにすぎません。感情に任せるだけの生き方を「反応的」といいます。
 「主体性を発揮する」とは自分の中に沸く感情をもコントロールし、自分の価値観に基づいて行動することです。反応的な人は周りに影響され続けます。天気が悪ければ気分も悪くなり、周囲の言動に振り回されます。主体的な人には「自分の天気」を持っています。実際の天気が良くても悪くても、自分の価値観で行動、言動ができているのです。

 そんなことを考えながら今朝、オルタナでリフレッシュするときは、早速この「習慣」を実践してみました。術者のT君に「身体が固まっていて処置が大変だ」と驚かれたので、僕はこの時間、どういう行動、言動を選択すれば、最も効果的にリフレッシュできるかを考えました。
 そのためには術者のT君に頑張ってもらわなければなりません。僕がどんな言葉をかけたら、彼がやる気を出してくれるかをいろいろ考え、言葉を発しました。実際その通りなったかどうかは、まだまだ改良の余地がありますが、僕自身は気持ち良くリフレッシュができ、きょう一日を気持ち良く過ごすことができました。
 「身体が硬い」という言葉に反応してうんざりするか、その言葉に奮起して「絶対柔らかくなってみせるぞ」と主体的になるか、どちらも自分で「選択」できることを体験できました。学んだことを実践する。「習慣」を作る上では欠かせない要素です。
【本日の業務】
・事務作業
・読書
・SCC


1948180_302639863217293_1217916843_n.jpg
 2泊3日の奄美の旅を終えて鹿児島に帰ってきました。
 玉里団地の「虎太郎」でランチ。ここと、うちの「カラオケ・ビッグバン」にセンバツ旗授与式のときにもらった大高応援のポスター掲載をお願いしました。

 朝起きたときから、珍しく頭が重くて気分がスッキリしませんでした。遅くまで飲んだことは飲んだけど、二日酔いになるほど暴飲したつもりはなかったので不思議な気がしました。
 お昼に鹿児島に戻りましたが、二日酔いと飛行機酔いが重なったのか、気分が晴れませんでした。あまり食欲もわかない中、何かあっさりしたものが食べたくて、「虎太郎」の醤油ラーメンを注文。ラーメンだけど重くなくて、やっとお腹が落ち着きて少し、元気になりました。大将曰く、黒糖焼酎は残りやすいのだとか。楽しい飲み会が2日続いたり、いろいろ精力的に動き回った反動もあったのでしょう。
 帰宅して少し横になり、あまり仕事をする気にはなれませんでしたが、最低限のことは片付けておかないと後々支障がでるので、一通りのことをすませ、夕方は鴨池へ向かいました。

 風が強く寒さが厳しい中、SCCの練習。行こうかどうか迷いましたが、これから行ける機会が少なることが予想されるので、行けるときは行こうと思いました。
 さすがに最初のサーキットは、少し遅れたこともあって回避。動きづくりで身体を動かし、メーンメニューへ。きょうは4000mごとのビルドアップ走でした。1キロ4分20秒ペースからスタートして4分10秒、4分まで上げました。最後の4分は2000mしか走れませんでしたが、走って汗をかいたことで身体に残っていた酒が抜けたのか、ようやくモヤモヤが晴れてスッキリしました!
 こういう「荒療治」がかえって良かったのかもしれませんね(笑)!
【本日の業務】
・事務作業
・早朝ジョッグ
・打ち合わせ
・原稿
・センバツ旗授与式取材
・古仁屋取材
・懇親会


 きょうは奄美にいて感謝、感動することがいっぱい詰まった一日でした。忘れないうちにメモしておきます。

 いつものように朝ジョッグをすませて、会社へ。特集号の打ち合わせをしながら、後輩記者に写真を中心にアドバイスをしました。
140304センバツ授与式_035
 「新聞は『スペース』の、スポーツ写真は『ポジショニング』の感覚が大事」
 後輩のT君に教えながら、自分でも漠然としていたことが整理されて良かったです。新聞はスペースに限りがあります。基本1枚の写真でその記事の要点を伝えないといけません。無駄なスペースを落として一番伝えたい場面を強調する必要があります。スポーツ写真を撮るとき、僕はいつも「どこで撮るか」が最重要事項に考えています。どの位置から撮れば、最も良い瞬間が撮れるのか。その後、大高でセンバツ旗授与式があったとき、いろいろと実例を示してレクチャーしました。
 考えてみれば、鹿児島新報を離れて以降、「人に仕事のコツを伝授する」機会がほとんどなくなりました。奄美新聞と関わるようになったおかげで、こんな機会も持てるようになりました。人に教えることで、自分も気づくことがあるのが何よりうれしいことです。僕も今年で40歳、自分自身を磨くこともさることながら、そろそろ「後進を育てる」ことも考える時期だと思っています。

1510691_302350016579611_383798845_n.jpg
 センバツ旗授与式の取材の後は、車を飛ばして瀬戸内へ、古仁屋高校に出かけました。
 途中、信号はほとんどなく、本土でいえば九州自動車道の人吉から八代に間にあるような1、2キロに及ぶ長いトンネルをいくつか通り、網野子峠の展望所からは加計呂麻など南部の島の絶景を写真に撮り、快適なドライブになると思っていました。
 驚いたのはその後です。その展望所から数キロ麓の部落までつづら折れのジグザグした坂道が続きました。ちょっとスピードを出すと遠心力で弾き飛ばされそうな恐怖を感じました。名瀬から40キロ近くの道筋は、途中に小さな集落がいくつかある程度で、人家もまばらです。変な話ですが、信号のある古仁屋の街の展望が開けたとき、人心地がついてホッとしました。

1779130_302350083246271_1174364943_n.jpg
 古仁屋の野球部は今部員が4人だけで活動しています。前々から古仁屋の話は聞いていましたが、実際にその姿を自分で体感してみて、学ぶことがたくさんありました。野球は9人いないとできないスポーツであるという「原点」が身に沁みます。
 これまで鴨池で野球部の「ハレ」の姿を記事にしてきましたが、日常の「ケ」の姿にわずかながら触れることができました。今度の春は沖永良部と連合チームを組んで出場します。そんなチームの選手でも大高がセンバツに出場したことで「普段から練習試合している相手。自分たちにもチャンスがあるかもしれない」と思っている。その言葉が聞けただけで、はるばる古仁屋まで来たかいがありました。

 夜は高野連の佃理事長を囲む会に参加。昼間誘われたとき、ただの飲み会だと思っていましたが、会場に入った瞬間、大勢の大高の先生方がいらっしゃって、ほとんどの方がスーツ姿の正装です。「参加して良かったのか?」と一瞬焦りましたが、宴が始まってからは心ゆくまで飲み、語ることができました。
 体操、ラグビー、陸上、バスケット、バレーボール…これまで折に触れて何度か取材させていただいた先生方でした。体操の先生から「つかささんが取り上げてくださったおかげでYは3年間体操を続けられました」とお礼を言われました。その一言は、僕自身が最も記者冥利を感じる言葉です。振り返れば今朝、会社で一通の手紙が渡されました。先日の「あこがれ先生プロジェクト」のことを書いた記事を読んで「感動した」という手紙でした。
 自分の仕事が人の心を動かしたり、人様のお役にたてたということが実感できた時の感動は言葉で言い表せません。そんな体験をさせていただいたことに感謝でした。
2014.03.03 奄美へ
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・奄美出張


1922032_302227279925218_380990028_n.jpg
 きょうから二泊三日の日程で奄美出張です。センバツに出場する大高に関する特集記事の取材、センバツ取材の打ち合わせなどです。
 鹿児島を発つときは天気も快晴で、空から桜島や鴨池球場などがはっきり見えるほどだったのに、奄美に着いたら土砂降りの雨と風。気温もかなり寒くて面喰いました。南の島だから暖かいと思って油断して、風邪をひいたことが学生時代の演奏旅行であったので、一応寒くても対応できる服装をしてきて助かりました。街中には写真のような張り紙やら、横断幕をあちこちで見かけます。センバツが始まったらどんな盛り上がりになるのだろうと、ワクワクしました。

 今回の特集で僕が担当するのは、大高野球部もさることながら、そのことが周囲にどんな影響を与えるかです。すでに鹿児島本土で理事長や他校の選手のインタビューは済ませてあるので、ある程度の「骨組み」は出来上がっていましたが、きょう奄美高校で話を聞いてみて、間違いなくその方向でまとめられると確信を持ちました。どんな成果になるかは、近日中に「スポかごNEWS」に掲載予定なのでお楽しみに!
 奄高の取材のあと、三儀山に向かい、室内練習場で練習している大高野球部を見学しました。「野球小僧」の血が騒ぎ、監督さんの許可を頂いて、ノックを打たせてもらいました。久々に打つノックは感覚をつかむのに苦労しましたが良い汗がかけました。
 夜は新聞社の仲間と懇親会。野球のこと、僕自身の将来のことから徳洲会問題の話まで、新聞記者らしいトークで盛り上がりました。
【本日の業務】
・事務作業
・レノヴァ取材
・キックオフパーティー取材
・原稿


1920135_301939696620643_1609806867_n.jpg
 前の晩のミーティングでレノヴァの小原コーチは「あす勝つことに集中してやるべきことをやり切ろう」と話していました。
 朝起きてから、僕自身がやるべきことは何だろうと考えました。先月の反省や今月の計画を手帳に書くこと、4カ月近くため込んでいた新聞のスクラップなど、面倒がってつい後回しにしていたことをやろうと思いました。
 新聞は10月からたまっていました。ちょうど秋の県大会で大島が4強に入った頃の記事です。センバツの決定で忘れかけていましたが、大高がどんな野球をしてきたチームだったかを振り返ることができました。10月の1カ月分だけでしたが、レノヴァの今季開幕戦の頃の記事も読み返してみました。あの頃よりも成長した部分、まだまだな部分が比較できて良かったです。「過去を記録する」という自分の仕事の本質がこういう作業に表れています。
 レノヴァの試合には、持っている限りの「レノヴァグッズ」を見に着け、僕なりの精一杯の「願掛け」をして取材しましたが、30点差の敗戦でした。記事は試合後にもらった記録の数字を中心にまとめてみました。

 写真を整理しながら、最後のハイタッチで子供たちや女の子の、屈託ない素敵な笑顔に勇気づけられました。昨年のように首位を争うような好カードで連勝というような「極上のエンターテイメント」は届けられていません。観客の数もあの頃よりは少なくなっています。それでもこんな笑顔でチームを迎えてくれるファンがいる限り、希望はあります。この人たちの期待に応え、こんな笑顔になれる人を1人でも増やすために、何をしなければいけないか。残り4試合、レノヴァの底力に期待します。

1972549_301923639955582_1244780301_n.jpg
 夕方の鹿児島ユナイテッドのキックオフパーティーは、サポーター、ファンをはじめ、県サッカー協会関係者、伊藤知事ら県のスポーツ行政関係者らも出席し、約250人が集った賑やかな「船出」でした。
 先日の講演会で、NBLの山谷専務理事が「サッカーやバスケットは世界的にその価値が認められた優良商品」と話していましたが、この賑わいを見ていると、それが実感できます。鹿児島のサッカーにも、ようやくそんなチームができたことに感慨深いものがありました。
 一方で、チームを運営する側には、その期待に応える「使命」や「責任」ができてきます。注目が大きければ大きいほど、求められるのは「結果」だろうし、徳重代表が語った「県民にとってなくてはならないクラブ」になるためには結果以外でも、やらなければならないことが山積みです。
 パーティーは派手な演出に目が行きがちでしたが、歓談のときには田上主将ら選手全員がテーブル1つ1つを回って、1人1人に挨拶していた姿が印象的でした。こういう地道な活動を忘れずに続けて欲しいものです。

1896897_301777029970243_976492335_n.jpg
 お昼から鹿児島アリーナでレノヴァの試合を取材し、息つく間もなく城山観光ホテルであった鹿児島ユナイテッドのキックオフパーティーを取材。僕が提案した「FCぐりぶー」の愛称は残念ながら採用されませんでしたが、チームの愛称も「よかにせイレブン」に決まり、約250人集まった華やかなパーティーに気分も高揚して「さぁ、原稿を書こう!」と戻ろうとしたとき、悲劇が待っていました。

 最初は会場でもらった取材パスを返し忘れたことからケチがつきました。途中で引き返し、再び車に戻ってから、カメラのレンズなどを入れたバッグを忘れたことに気づきました。自分の「うっかり八兵衛」ぶりを呪いつつ、もう一度会場に戻りましたが、置いたと思しき所にバッグはありません。
 この時点でかなりパニックになった頭を務めて冷静に切り替え、「もしかしたら、アリーナに忘れてきたのかもしれない」とバスケの会場にとんぼ返りしました。しかし事務所の受付のお姉さんに聞いても、電話でレノヴァの代表に聞いてもバッグの忘れ物は届いてないとのこと。

 もしこのまま紛失してしまったら、明日からの仕事がもろに支障をきたします。いよいよパニックも頂点になりかけた頭を、もう一度冷静になって考えました。どう考えてもアリーナか、城山のどちらか以外に忘れた可能性はありません。もう一度、城山にとって返し、パーティーで手伝いをしていた方に聞いてみましたが、見たことないと言います。あまりの「手がかりのなさ」に絶望的になりながら、ふと、会場にまだ残っていたメディアパーソナリティーのIさんが目に留まりました。
 Iさんは僕が会場に入った時、すぐ近くにいた方です。
 「僕が青いカメラバックを持っていた記憶はありませんか?」
 一縷の望みを託して聞いてみましたが、Iさんは「確かに肩にかけていましたよ」と断言。間違いなくここにあると確信を持って、ちょっと先まで探したら、見事に置き忘れていた場所にたどりつけました!(拍手、涙、拍手、涙)

 何やかんやで30分以上、城山とアリーナでウロウロして、貴重な時間をロスしてしまいましたが、僕だったら絶対覚えていないであろうことをちゃんと覚えてくださっていたIさんに感謝です!(感涙、感涙、感涙)

 写真はパーティーの会場で買った「よかにせイレブン」のユニホームと、きのう、きょうと僕と一緒に戦ってくれたレノヴァのユニホーム。僕の「鹿児島愛」を物語る一枚です(笑)!
2014.03.02
【きのうの業務】
・事務作業
・十三会事務作業
・レノヴァ取材
・原稿


140301レノヴァ23_035
 3月に入りました。天気は雨模様ですが気温は高く、春を思わせる陽気でした。
 レノヴァの対戦相手・東京EXのマイケルヘッドコーチは、昨年レノヴァを準優勝に導いた指揮官です。鹿児島アリーナでの試合といえば、昨年2月に首位・兵庫から2連勝した好勝負が思い出されます。その「ゲンの良さ」にもあやかって、金星といきたかったですが、現実は甘くなかったです。
 前半、レノヴァも頑張ってはいましたが、2メートルの外国人2人の「高さ」はいかんともしがたく、ジリジリと点差が開いていきました。シュートが落ちても、いとも簡単にオフェンスリバウンドを取られ、リバウンドショットを決められる。この悪循環がなかなか断ち切れません。
 後半に入ってからも中々流れが変えられませんでしたが、第4ピリオドで最大27点差ついてから、レノヴァが意地をみせます。オールコートでプレスをかけ捨て身の勝負に出ました。勝つことはできませんでしたが、このピリオドだけで挙げた得点は32点。今季のピリオド最多得点を東京EXから奪うことができました。
 点差がついてから捨て身の勝負を仕掛けても、「良い試合」はできても「勝利」に届く可能性は少ないです。東京EXとの間に力の差があるのは百も承知。大切なのはやるべきこと、やってきたことを試合を通してやり切れていたのかということ。きょうこそはそれをやり切って「必然の奇跡」を期待しています!