2013.12.31 大晦日
【本日の業務】
・原稿
・年賀状作成
・LSD
・事務作業


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 2013年最後の一日。徹夜明けのボロボロな身体に鞭打って、「走り納め」に出かけました。
 最初に草牟田の公園で軽く動きづくりをしてから、下に記録が出ている通り、約2時間半で20キロ走りました。かなり遅いペースです。それもそのはず、徹夜明けの最悪なコンディションに加えて、走ったコースは草牟田坂、城山展望台、冷水峠、女子高坂、妹子谷の階段、伊勢神社…とほとんどがアップダウンの繰り返しのコースでした。もうひとつ、小野の坂から明和に上がって常盤に抜けていれば、今年の正月と同じコースでしたがさすがにそれをする体力も根性も残っておらず、最後は甲突川沿いの平坦な道をトボトボと走っていました。

 きょうの走りは、今年1年を象徴しているような気がしました。しょっぱなから勾配のきつい坂を全力で上がったような1月、その余力で3月ぐらいまでは順調でしたが、4月以降は与えられた仕事を無難にこなしただけの消化不良の日々だったことがオーバーラップしてきました。最後は甲突川沿いを走っていて、ちょっとした段差に躓いて無様にこけるという失態も。幸い、うまく転がれたおかげでかすり傷一つなくてすみましたが、自分の体力を過信して無謀なことをすると痛い目に合うという良い教訓でした。

 懸案だった年賀状も遅ればせながら無事作り終え、細々した用事を無事片付け、ようやく一息ついた頃、テレビをつけると、ちょうど高校サッカーの神村学園がロスタイムに入って決勝点を決められたところでした。
 録画しておいたKTSのサッカー番組とMBCの60周年アーカイブス・スポーツ篇を鑑賞。僕自身がその場にいたこともあったり、良く知っている人たちがたくさん登場し、どちらも素晴らしい番組でした。MBCの番組を見ながら「日本一」をテーマに単行本を書いてみたら面白いかもと、創作意欲を刺激されました。

 そんなこんなであっという間に夕方になり、弟一家がやってきました。今宵は遥翔君&光翔君にうちの家族、そしてくうーたろーとのんびり過ごすことになりそうです。福岡にいる一番下の弟・直輝も帰ってきて、久々に我が家はビッグダディ―並の賑やかさでした。

 消化不良の1年でしたが、大きなケガや病気もなく無事に過ごせたことは良かったと思います。20014年も良い年でありますように。皆様も良いお年を!
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 たまたまチャンネルを回してたら素晴らしい番組に出会えました。
 BSジャパンの「桑田式スポーツK営学」。今回は「サッカービジネス」がテーマでした。

 J2でありながら発足6年で年間予算400万から8億8千万のクラブへ成長したファジアーノ岡山、選手よりもまずリーグの経営を安定させることに傾注したアメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)、アジアの経済成長を取り込もうとアジア戦略を打ち出すJリーグ、3つとも今後の鹿児島のスポーツ界が取り入れたいアイディアや理念が満載でした。

 ファジアーノの社長がトイレ掃除をする。MLSはチケットセールスを専門にする養成所をリーグで作り、そこで育った販売員が各チームでホームゲームのチケットを販売し、スタジアムを満員にする。コンサドーレ札幌にベトナム人が加入したことをきっかけに、コンサドーレが北海道とベトナムをつなぐ架け橋になる…

 約2時間の番組で伝えた内容は、それぞれがやっていることのごく限られたエッセンスの部分だったと思います。
 ファジアーノの社長は「やっていることの99%は大変なことばかりだ」と断言していました。MLSのアジア代表は「勝敗はお金で買えない」とも言ってました。競技が何であれ、スポーツビジネスの外してはならない本質だと思います。
 それでも「残り1%」がもたらす喜びや感動、そんな言葉だけではとても表現できない何かに突き動かされて成り立っているスポーツビジネスの世界があります。
 最後の最後でJリーグの統括部長は「今後の東京五輪に向けては、競技を超えた横のつながりが大事だ」と語っていました。そのことが東京五輪以後のスポーツ界にも大事になってくるとも言ってました。MCの桑田氏は「日本は野球とサッカーの2つがメジャースポーツとして成り立っている唯一の国。この2つが引っ張っていって日本のスポーツ界を盛り上げていけたら」と締めくくっていました。

 何かを成功させるために、降って湧いたような幸運や誰もが思いつかないような斬新なアイディアやに巡り合うことはごく稀です。本当に大切なのは、言われてみればごく常識的で当たり前の「99%の大変なこと」を根気強く、やり続けることだと思います。2013年の締めくくりに、良い教訓が得られた番組でした。
【奄美の「復帰」と沖縄の「返還」・12月25日】
 60年前の12月25日、奄美群島は日本復帰を果たしました。
 FBの友人が「沖縄は『返還』というのに、奄美は『復帰』といっているような気がしないか」と書いていました。なかなか興味深い指摘です。せっかくの60年目の節目なので、そのことを僕なりに考察してみようと思います

 歴史の事実は、奄美も沖縄も、アメリカから「返還」されて日本に「復帰」したことに違いはありません。ウィキペディアにもあるように日本の法令用語では「沖縄の復帰」と呼ぶそうです。
 「沖縄返還」は用語としても使いますが、奄美の場合は「奄美返還」という言葉は基本的に使いません。試しに「奄美返還」で検索しても、ヒットしませんでした。この違いは何か考えてみました。

 先日、奄美の復帰運動の象徴・泉芳朗さんの復刻詩集の記事を書いた際、編集の中心になった甥御さんが「奄美の本土復帰は政治的な成果というより、むしろ民衆中心の行動が大きな推進力となって実現された印象がある」と話していました。
 小学校教員で詩人の芳朗さんらが中心になった復帰運動は、非暴力を貫き、復帰を願う14歳以上の署名が群島民の99・8%に達したそうです。まさに群島民一丸となって勝ち取った「悲願」だったのでしょう。

 一方、沖縄も奄美以上に長く、苦しい復帰運動の末に奄美から遅れること19年後に返還協定が結ばれました。
 しかし、山崎豊子の「運命の人」でもあったように、その返還には日米両政府の政治的な思惑が複雑に絡んでいました。「返還」はされましたが、在日米軍基地の75%は沖縄にあり、今でもその問題はくすぶり続けています。
 あくまで僕の推測ですが、奄美の場合は群島民の悲願で「返還」を勝ち取り「復帰」を果たした。沖縄の場合は「返還」は実現したけど、沖縄の人たちが望むかたちでの「復帰」はあれから40年経った今でも達成したとは言い切れない。そんな意識の違いが「復帰」と「返還」の用語の使い方にあるような気がします。

【2人の偉大なカズ・12月24日】
 「いいとも」のテレフォンショッキングのゲストはサッカー選手の三浦カズでした。
 プロサッカー選手を28年続けているカズ、お昼の生放送を32年続けているタモリ。お互い分野は違うけど底に通じ合うものがある2人の会話は、なかなか含蓄がありました。
 15年前、僕が新聞記者1年目の年末ごろだったと思います。天皇杯か何かの試合が鴨池であってカズがやってきました。その試合を最後にヴェルディ―からクロアチアに移籍することになっていました。どんなプレーをしたかは覚えていないけど、「これが日本でカズのプレーを見る最後になるかもしれない」と思って写真を撮ったり、囲み取材の後ろからカズの言葉に耳を傾けていた記憶があります。
 あれから15年経ってもカズは現役でプレーを続けている。「いいとも」でしゃべっていましたが、プロのサッカー選手として最高のプレーができる年齢のピークは26、7歳だそうです。今日本で選手がプロとして活動している平均年数は4、5年、長くて7、8年で、ほとんどの選手はピークを迎える前に第2の人生の選択を余儀なくされます。そんな過酷な世界を30年近く続けているカズは、競技を超えて日本のスポーツ界の宝のようなアスリートです。

 登場シーンで101本のバラを抱えてやってきたカズ。100本は会場の女性へ、1本はタモさんへのプレゼント。こんなことが嫌味なくできる男はカズ以外にそう見当たりません!

【3つのプロダクト・12月23日】
 毎年恒例のSCCクリスマスパーティーでした。
 子供が約70、大人が約30で100人をこえる大所帯のパーティーです。子供から大人まで、「スポーツ」を通じてひとつの「サークル」ができる。こういう場を作ることが、理事長の太田さんがこのクラブを作った底にある理念だと毎回思います。
 送迎バスの中で発足当初から会員の馬場さんと話しましたが、SCCが立ち上がった2000年、ここにいる小学生はまだ生まれていませんでした。年々歳々人同じからず。普段の練習は毎回同じような鍛錬の繰り返しですが、いつの間にかこのクラブも「歴史」を積み重ねていることを実感しました。

 冒頭のあいさつで太田さんが「SCCが提供するプロダクト(製品、商品)とは何か?」について話しました。自動車メーカーが車を、病院が医療を、学校が教育を、提供しているように、SCCにも提供している商品があります。
 一つは「スポーツの楽しさ」。技術やコツを教わって上達する、同じスポーツをする仲間ができる…「楽しさ」の感じ方は人それぞれですが、身体を動かし、汗をかくことは楽しいものだと伝えることです。
 二つ目は「成功体験」。9秒2だった50mが9秒を切れるようになる、一度も走ったことがないフルマラソンを完走する、フルマラソンでサブスリーを達成する…「できなかった」ことが「できる」ようになる体験は人生を豊かな実りあるものにすると伝えることです。
 三つ目が「スポーツマンシップ」。あいさつをする、ルールやマナーを守る、対戦相手をリスペクトする…スポーツの世界にとどまらず、社会で他人とともに生きていく上で大切なことをスポーツを通じて伝えることです。

 クラブC最高齢の藤崎さんは、この言葉をメモしていました。80歳近い人生の大ベテランが、そんな「原点」を大切にしたいと気持ちを新たにしていることに深く感動しました。
 僕自身もまた、このSCCのあり方を手本にして、自分の仕事を作ってきました。2013年の年の瀬、新たな1年が始まる前に僕自身の「原点」を見つめ直す良い機会でした。
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・SCC


 きょうでめでたく39歳になりました。終日多くの方からメッセージや書き込みでお祝いを頂きました。雨が降って寒い一日でしたが、おかげで気持ちはあたたかくいられました。多くの人に支えられ、多くの人とつながって今の自分があることに感謝しつつ、日々精進していこうと思います。

 きのうは二宮清純さんの「プロ野球『衝撃の昭和史』」を何気なく本屋で見かけて、一気に読み切りました。僕が今の仕事を極めてみたいと思ったきっかけであり、勝手に「師匠」と思っている方です。久しぶりに著作を読みましたが、改めて僕はこの人の影響を受けているなぁと思い知らされました。
 「まえがき」にこんな一節があります。

 「スポーツライティングという仕事は刑事が犯人を追いつめるようなものだと思っている。ゲームのキーパーソン、つまり『真犯人』が知りたいのだ。少なくとも私の興味はそれ以外にはない。だから取材する、だから検証する。余計な論評はできるだけ避け、私情はさしはさまない。この仕事をやっていて埋もれていた事実の発掘ほど楽しい作業はない」

 30代、ラストスパートを前に、忘れかけ鈍りかけていた自分の「原点」を思い返した一文でした。まだまだ足元にも及ばないけど、これからも日々精進していこうと思います。

 夕方はSCCの練習。3キロ+2キロ+1キロ(R=3分)、ペースはそれぞれマイペースから10-30秒、速めていくスピード練習です。
 僕の場合はサブスリーのマイペースが1キロ4分15秒なので、3キロ=4分、2キロ=3分50秒、1キロ=3分40秒でペース設定しました。3キロが12分4秒、2キロが7分47秒、1キロが3分38秒とほぼ設定通りで走れました。だいぶ長いこと調子が上がらなくて自分の走りを忘れかけていましたが、久しぶりに1キロ4分を切るスピード感覚を思い出せたので良かったです。
 走った後の補強は恒吉コーチスペシャルメニューということで、ミニハードルを使ったジャンプ系のドリルでした。スピード練習をした上に、バンバン跳びまくって下半身を鍛えたせいで、翌朝起きるときにふくらはぎがつりました!(涙)

 菜の花まで残り1カ月を切りました。大会まで残り期間、やれるだけのことをやり切って本番を迎えたいものです。
【本日の業務】
・事務作業
・読書
・車検見積もり


 昨夜は「レノヴァを語る会」の飲み会でした。なんだかんだで定期的に開催されるようになり、ファン同士が気さくにいろんなことを語り合える有意義な会になりつつあります。

 昨夜話題になったのは、「ホームゲームの集客をいかに増やすか?」でした。先週末今季初めての鹿児島市のホームゲームが2試合あって、連勝できましたが、観客数はお世辞にも多いとは言えなかったです。土曜日の県体育館では、試合の後で翌日の空手の会場設営のために、試合が終わったら恒例のハイタッチなどファンとの交流もなく、すぐさま会場を撤収しなければいけないという有様でした。これでは、お金を払って「お客さんに会場に足を運んでもらう」プロチームとしてはいかがなものかと思ってしまいます。

 何よりもまずは、強いチームを作り、パワフルでスピーディーで激しいバスケットを提供し、お客さんにエキサイトや感動してもらうことが第一です。しかし、それだけでお客を呼べるほど世間一般にバスケットが認知されているとは残念ながら言い難い。ならば、バスケットに興味のない人もまずは会場に足を運んでもらって、バスケットも含めてその会場にいた時間をいかに楽しんでもらうかを提供するかを考えることが運営する側の仕事です。

 こういうとき飲み会だと、面白いアイディアがいろいろ出てきます。ある人は「鹿実の男子新体操部に来てもらったらどうか?」と言いました。「格闘家の菊野選手に模範演武をしてもらう」「MBCタレントのたくちゃんに鹿児島弁のコントをしてもらう」「薩摩剣士・隼人にショーをしてもらう」…実現できるかどうかは別にしても、こういう肩肘張らないファンのアイディアを、どうすればかたちにできるかを真剣に検討し、継続することが最終的には多くの人を会場に足を運んでもらうことになると思うのです。
 何年か前のサミットでは女子サッカーのジュブリーレに来てもらって、小学生と異種競技のゲームをしたことがありました。今年4月のレノヴァの納会ではご当地アイドルの「サザンクロス」と「地域貢献協力協定」を結び、「今後は互いに協力して鹿児島を盛り上げる活動を展開することを確認」しました。こうやってバスケットと直接関係のないいろんな人たちと「コラボ」することは、ただレノヴァの試合を盛り上げるだけでなく、彼ら、彼女らの活動も広くPRするというメリットもあるはずです。そのことがひとつの「きっかけ」になって、何か思いもよらない「相乗効果」がでてくるのを想像するのも楽しいものです。

 何より忘れてならないのは、再三言うように「お金を払って会場に足を運んできてくれた人にいかに満足して帰ってもらうか?」です。今年はホームゲーム自体が少なかったですが、来年の1月から2月にかけては市内だけでなく各地でホームの連戦があります。いろいろとアイディアを出して、まずは会場に人を集めて1試合1試合を「お客さんのための楽しくてエキサイトなエンターテイメント」にしたいものです。
【本日の業務】
・事務作業
・あくねボンタンロードレース
・レノヴァ取材
・原稿


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 毎年恒例のあくねボンタンのハーフマラソンで、今季の初レースでした。昨年は寒さ、雨、風のトリプルパンチで、走り終わった後はひたすら温泉に恋い焦がれるほど身体が冷えましたが、今年は打って変わって晴天が広がり、寒すぎず、暑すぎず、絶好のレースコンディションでした。

 会場に着いて受付を済ませると、SCCのE徳ちゃんやK枝ちゃんが「つかささん、ポスターに写ってたよ」と笑います。確認してみると、確かに写っていましたが、完全に見切れていて左腕しか写っていません!(笑) ただ特徴的な服装だったので、すぐに僕だと分かりました。ちなみに大会のパンフレットには全身像がバッチリ写っていました。

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 今季初レースは1時間34分9秒、30代男子の17位でした。一番良かった昨年よりも7分11秒遅く、順位も11番落ちました。
 申し分のない最高のレースコンディションでしたが、肝心の僕自身が昨年のような手ごたえがつかめないままで臨んだレースでした。具体的にどのくらいの記録で走れるかのイメージもできていなかったので、トレーニングの一環でロング走を走るぐらいの気持ちで走りました。スタートもあえて少し後ろから走りだし、最初の1キロは4分30秒とかなり遅めで走り出しました。
 特に誰かと勝負することも考えず、淡々と走り切るだけでした。あまり時計も見ていません。あとでアプリで計測したものをチェックしましたが、速くて4分10秒を切るぐらい、後半の上り坂で一度5分台もありましたが、平均4分25秒ぐらいで安定はしていたと思います。走り込み不足を痛感する中、唯一上り坂をそれほど苦しまずに走れたのは、ここ2週間上り坂対策をした成果だと思います。
 納得いくタイムには程遠かったですが、走り終わった後、K高校のH先生から「完走したご褒美に」と手袋を頂きました。感激でした!
 走っている最中は、記録や勝負に闘志を燃やしてガツガツすることもなく、それなりに苦しかったですが、走り終えてみると、やっぱり爽快な気持ちになりました。記録を狙うだけじゃないランニングも良いものです。青島太平洋に行ったSCCのS多さんが「サブスリー」を達成したことをあとでFBで知りました。僕も良いトレーニングができて、何か吹っ切れた感があり、また記録を目指して頑張ろうと思います。

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 レースの余韻に浸る間もなく、ダウンする間もなく、鹿児島市内へとってかえし、レノヴァの試合を取材しました。何とか後半に間に合いました。
 77-60。今季、初めて「安心して見られた試合」でした。大急ぎで原稿をまとめ、夜は「レノヴァを語る会」の懇親会でした。いろいろと有意義なアイディアがでました。それは明日まとめてみようと思います。
2013.12.03 今年の流行語
【本日の業務】
・歯医者
・原稿
・甲突川RC


 長らく懸案事項だった正月特集の原稿をようやく書き上げました。先月奄美まで取材に行き、ある程度構想は固まっていましたが、どうまとめようかあれこれ思案したり、追加取材を入れていたらいつの間にか1カ月かかってしまいました。まだまだ書き足りないというか、正月特集程度ではまとめきれないほど壮大なテーマでした。

 今年の流行語大賞が「今でしょ!」「倍返し」「お・も・て・な・し」「じぇじぇじぇ」の4つに決まりました。過去4つの言葉が同時受賞したことはないそうです。
 個人的に順番をつけるとしたら、先に述べたような順位になります。
 「今でしょ!」は僕自身はあまり使った記憶はありませんが、日常会話でもよく耳にしました。やるべきことを先延ばしにせず、「やるなら今」というのは、長渕剛の「西新宿の親父の唄」にもありましたし、別に林先生に指摘されなくても当たり前のことです。とはいえあの「ドヤ顔」のCMとセットでインパクトのあるフレーズになってブレイクしたのは確かです。
 半沢直樹の「倍返し」は、よくスポーツ取材の現場で耳にしました。一度負けた相手にリベンジする戦いに挑む選手や監督がこのセリフを使っていました。何度か記事でも使いました。途中からでしたがドラマにもはまりました。「倍返し」以上に「半沢直樹」というドラマ自体が今年のヒットだったと思います。
 「お・も・て・な・し」は2020年東京五輪決定のシンボルのような言葉です。「今でしょ!」や「倍返し」もそうですが、特にこれはいろんな変形でギャグなども応用されているような気がします。伝えたいことを1文字ずつ区切って強調する表現手法が一種の流行になっています。
 最後の「じぇじぇじぇ」は個人的には認めたくないですね。ドラマが始まってしばらくの頃は僕も面白いと思ってFBなどで驚いたときに使った記憶がありますが、ドラマが失速して以降は耳にするのも嫌になりました。とはいえ世間的にはそれなりにヒットしたことは間違いないようです。友人のFBでもたまに使っているのを見かけます。
 選考委員の俵万智さんは「今年は豊作の年。言葉で元気になるのは、時代が元気になる」と話していました。現実がどうかは別にして、閉塞した時代を何とか打ち破ろうとする前向きなメッセージが今年の流行語の選考には含まれていたのだろうと思いました。