2013.08.28
【本日の業務】
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2013.08.27 ひまわり駅伝
【きのうの業務】
・市内大会取材
・離島行政懇談会取材
・原稿
・写真処理


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 きのうの鹿児島地方は久しぶりにまとまった雨が降りました。連日猛暑が続き、夜になっても部屋に熱がこもっていて寝苦しかったのが、昨夜はクーラーや扇風機をつけなくても快適に過ごせました。いつまで続くのかと思うほどの酷暑も「永遠」ではありません。季節は少しずつ移ろいゆきます。

 土曜日と日曜日は高尾野であった24時間ひまわり駅伝に参加しました。今年で10回目の大会で、SCCは毎回参加しています。僕らにとっては夏を締めくくる風物詩の一つです。
 SCCからは約30人が参加し、A、B2チームで1周2キロの河川敷特設コースをひたすら周回しました。何度かにわか雨に見舞われ、夜は虫刺されと格闘し、夜が明ければ厳しい夏の日差しにさらされる中、ひたすら走り続けるだけのシンプルでマゾなイベントですが、やめられませんねぇ~。
 女性陣が作ってくれる焼きそばやおにぎり、朝の味噌汁にゆで卵、汗だくで飲むビール、ラン仲間との語らい、すべて終わった後の温泉…毎年特に代わり映えはしないけど、大切な夏の思い出です。
 うちのクラブで中心になって取りまとめてくれる佐多さんや川田夫妻、そして大会を運営してくれる出水市高尾野皆さんに感謝です

2013.08.23
【本日の業務】
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【本日の業務】
・事務作業
・市内大会取材
・オルタナ
・原稿
・読書


 4000本安打を達成したイチローの一問一答。「野球」についてこれほど深い言葉で表現できる人間って素敵だと思います。「満足する」ことに対する考え方は白眉です。イチローはおそらくいろんなことに「満足」して「満腹」しても、すぐに「消化」して次のステージに進もうとする貪欲さがあるのでしょうね。
 「意図的に、こんな事で満足しちゃいけない、まだまだだと言い聞かせている人は、しんどいですよ」
 自然の感情に任せて、喜ぶのは大切なこと。イチローが他の人と違うのは達成感を味わった後で「次が産まれてくる」というメンタリティーを持っていることだと思います。


※イチローの一問一答

 イチローが日米通算4000本安打の「偉業」を達成し、夏の甲子園はサッカーで有名な前橋育英(群馬)とバスケットで有名な延岡学園(宮崎)が決勝を戦って、4-3の接戦で前橋育英が初優勝でした。
 そんな日に僕は終日、県立球場で鹿児島市内大会を観戦してました。

 「甲子園には行かないの?」
 毎年この時期に、球場で会うといろんな人から言われます。
 甲子園取材に行きたいのは山々ですが、取材には経費がかかり、それを上回るだけの利益を生み出せるものが今のところありません。いつかはそんな取材もできるメディアにしたいという夢はありますが、その域に達するまではまだまだ時間がかかりそうです。
 「甲子園を伝えるメディアはいっぱいあるけど、市内大会を伝えるのは僕しかいませんから!」
 聞かれたらそう答えるようにしています。
 「市内大会を伝えるメディア」で、どう飯を食っていくか?
 独立して9年、少しずつ成長はしていますが、なかなか大きな一歩を作り出せていないのがもどかしいところです。

 きのう「桜島の降灰」を伝えるマスメディアの在り方に疑問の文章をFBにも書いたら、多くの人から共感のメッセージを頂きました。「マス」なメディアが伝えることのメリット、デメリットの両方が今回のことで考えさせられました。
 同時に、FBやブログといったネット発信を活用することで僕のような「個人メディア」が「マス」では伝えきれないことを補完し、より正確な事実を伝えている役目を担っていることも実感できました。そこに僕がやろうとしていることの可能性も秘めていると思います。やる気が出てきました!
【本日の業務】
・鹿児島市内大会取材
・レノヴァ写真撮影
・国体準備会取材
・SCC


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 日曜日のドカ灰以来、心に引っかかっていたことがありました。
 確かに今回の噴火は5000mという噴煙の高さが記録的だったことと、天文館や中央駅など市街地の一番目立つところを直撃したから、全国的なニュースになったけど、ワイドショーなどがわざわざ人を派遣してまで大々的に取り扱っているのを見ていると「何か違うよなぁ」と感じていました。
 噴火の瞬間や灰の中を逃げ惑うようにさまよう人たちのインパクトのある画を何度も流していると、人によっては「桜島が大噴火して都市機能がマヒしている」大事件のような印象を持ったかもしれません。それは今回の降灰の一部分であることは間違いないですが、鹿児島県民の相対的な感覚としてはいつもの降灰よりちょっと規模の大きいものがきたぐらいのものだと思います。
 「降灰は日常的なものだ」とフォローのコメントもありましたが、やはり何度も繰り返す画のインパクトは大きいです。この件で鹿児島を訪れる観光客のキャンセルが出ているそうですが、典型的な「風評被害」でしょう。

 「木を見て、森を見ず」という言葉が身に沁みます。ニュースを探すのは「日常」という「森」から「ちょっと変わった木」を探すような側面があります。一方で「木」のみに焦点を当てすぎてしまうと「森」の全体像が誤解される。今回の件に当てはめれば、あの噴火は確かに記録的なものではあるけど、「鹿児島の降灰状況」という「森」のちょっと変わった「木」にすぎない。甲突川を境にして鹿児島市南部は大して灰は降らなかったこと、この夏は風向きが例年と違って垂水など大隅半島がいつも以上に夏の降灰に苦しめられていること…全国の人にもいろいろ知ってもらいたい他の「木」や「森全体」があります。
 同じ「報道」に携わる人間として、「他山の石」にしたい出来事でした。

 夕方はSCCの練習。
 メーンは75分間のペース走でした。1キロ4分40秒ぐらい。調子の良い頃ならなんてことないペースですが、今はこのペースでも「走り続ける」のがしんどいです。何度かペースを落とした場面もありましたが、久しぶりに75分間きっちり走り切りました。調子は悪いけど、今はこうやってコツコツやるべきことを積み重ねていくしかありません。
2013.08.07 あれから20年
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 20年前の8月6日の思い出をつれづれ書いてみます。

 あの頃、僕は甲突川の畔にある予備校に通っていました。夕方4時ごろまで授業だったか、補講だったか、自習だったかを済ませて、いつもは自転車で通っていたところをバスで帰りました。その時は「よく降る雨だなぁ」とは思っても、それがあのような災害を引き起こすとは夢にも思っていませんでした。

 帰宅してテレビのニュースを見ていると、全国的には自民党政権が倒れて細川連立政権が誕生した歴史的な政権交代の日でしたが、鹿児島市民にとってはそれどころではありません。甲突川が氾濫し、市街地が大変になっていることや、土砂崩れで多数の死者も出ていること、五大石橋のうち武之橋と新上橋が流されたことなどが刻々と報じられました。

 今と同じ城山の自宅は、幸い電気も水道も通常通り使えて、何の不自由もありませんでしたが、当時高校2年生だった弟と連絡がとれず、不安な一夜を過ごしました。我が家は何ともありませんでしたが、武之橋の近くにある新屋敷の本家がどうなっているか、母方の祖父母が住む上竜尾の家は裏が山だけど大丈夫か、そんなことを心配していた記憶があります。
 夜の7、8時ごろだったでしょうか。数百メートル下まで試しに下りてみたら、城西公民館の辺りまで水に浸かっていて愕然となりました。

 連絡がつかなかった弟は、その頃、高校の文化祭のバンド練習で甲突川近くのスタジオにいました。川が溢れ、橋を渡ることができず、やむなく学校へ避難しようとしましたが、増水に巻き込まれ身動きが取れず、近くの家の門柱にしがみついていたそうです。命の危険を感じたのは後にも先にも「あの時が初めてだった」と彼は語っていました。
 幸い、その家の方が家に入れてくれて、家財道具を2階に運ぶのを手伝ったそうです。雨が落ち着いてから、学校へ避難し、剣道部の道場で一夜を過ごしました。

 翌朝、前日とは打って変わった晴天が広がりましたが、災害の爪痕の詳細が明らかになるにつれて、未曽有の大災害に見舞われたショックがひしひしと押し寄せました。
 僕は弟に着替えを届けようと、走って学校まで行きました。泥まみれになった家財道具や上流から流れてきたもので雑然としており、何とも表現できない異臭が漂う街の光景は今でも忘れられません。

 幸い、我が家の家族に被害はなく、新屋敷の実家も池の鯉が行方不明になった以外は浸水することもなくてすみました。上竜尾も無事でした。その頃から営業しているカラオケボックスには、1階で営業していたレンタルビデオ店や、焼き肉店、本屋の店員が避難してきたそうです。冠水し商売道具としては使い物にならなくなったけど、まだ聴けるCDを何枚かレンタルビデオ店から貰い受けたことを覚えています。

 あれから20年…きのうは甲突川のランニングクラブの練習に行く前に、ふと思い立ってあの頃通っていた予備校の辺りを歩いてみました。景色は一見あの頃とそう大きく変わっているようには見えませんが、石橋はなくなり、河川の改修工事が進み、よくよく目を凝らせば20年前と変わらずにあり続けているものは案外少ないように感じました。
 ランニング中、甲突川を眺めながら、20年前の思い出を語り合っている年配の人たちに出会いました。

 「8・6」に匹敵する時間当たり100mmの豪雨も今は各地で頻繁に発生し、気象異変の格好の象徴としてメディアで宣伝されています。これから先も、生き続けている限り、思わぬ災害に見舞われることは覚悟しておかなければいけないことでしょう。普段は忘れていること、目を背けたいことですが、いつどこでそんな目にあっても、対処できるよう最低限の「心の備え」をしておくこと。節目の時が教えてくれる大切な教訓をかみしめた一日でした。