【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・県下一周駅伝取材
・自主練習

(きょうの一枚)=ゴールする大島のアンカー山内選手。歳は僕と同い年です

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 きのう車で「城山スズメ」を聴いていたら、「あすが保育園のお別れ遠足で動物園にホワイトタイガーの赤ちゃんを見に行くから、晴れて欲しいです」というメッセージがありました。「うね神様」のご祈祷がきいたのか、遠足には最高の晴天が広がりポカポカ陽気でした。

 県下一周駅伝のゴールを取材にみなと大通公園へ。普通に生活する分には最高のポカポカ陽気も、選手にとっては厳しい暑さとなり、4日間の疲労の蓄積とともに試練のレースを強いられたようです。ゴール付近には各チームの関係者をはじめ、一般のファンと思しき人たちが大勢沿道に詰めかけていました。走っているシーンを見られるのはほんの一瞬でしかないけど、ライブで走る選手を応援したい人の心理は興味深いものがあります。ただ走るだけの姿が人の心を打つ。自分で走るからよく分かるけど、そうやって名も知らない人たちが声を掛けてくれることの何とも言えないありがたさ、心地よさはランナーを勇気づけてくれます。顔見知りの応援ならなおさら力になります。
 続々とゴールする選手の写真を撮りながら、ふとこんな声援の中で走ったら気持ちが良いだろうなと思いました。06年と08年にトラックの5000を走ることを目指してトレーニングした際、「目指せ、県下一周」を掲げていましたが、長続きせずに挫折しました。年齢的にも厳しいのは十分承知していますが、今の僕と同じぐらいの頃にダイエットのつもりでランニングをはじめ、地区代表になった教頭先生の話や、僕の1つ下で高校時代一度も勝てなかったライバルのM園君が今回初デビューを飾った話を新聞で読みました。体重を落とし、トレーニングの継続ができれば、自分がどこまで伸びるのか、チャレンジするのも悪くない! ということでランニングの目標は「フルマラソンのサブスリー」でしたが、新たに「県下一周に出る」も加えることにしました。
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2012.02.28 梅の花
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・原稿

(きょうの一枚)=我が家の梅の花。今年は状態がよくないのか「満開にならなかった」と母が言ってました。

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 梅の花が見ごろを迎えています。このところ、車を走らせていると、あちこちで白や桃色の梅がきれいに咲いているのを目にします。
 この前、鹿児島女高の前を通ったら校門付近の梅が見事な咲きっぷりでした。女子高の校章は梅。スポーツの応援では「咲かせ! 咲かせ! 白梅咲かせ!!」が共通のキャッチフレーズになっています。ちなみにその続きは「散らせ! 散らせ! 撒き散らせ!」なのですが、「せっかく咲いたのを散らしたらまずいんじゃないの?」と興ざめな突っ込みをいれたくなるのは僕だけでしょうか?

 閑話休題。花が美しくなるのは季節が暖かくなる兆しですね。心もほころんで浮き立ってくる気がします。ところが、鹿児島の場合は暖かくなる=風が東風になるわけで、そうなると灰の心配をしないといけません。今朝は早速灰の「洗礼」を浴びました。午前中、225号線を走っていたら、灰混じりの雨という最悪の状況でした。良いことづくめとはなかなかいかないものです。
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・オルタナ
・県議会取材
・ビッグバン


 朝からバタバタとやることが立て込み、ハーフマラソンの疲れをいやす間もないほど、せわしない一日でした。
 早朝はいつも通り、日記を書いたり、事務作業をしたり、頼まれていた写真の処理をしたり、デスクワークをこなし、9:00からオルタナへ。先週一週間はふくらはぎや足首などを集中して診てもらっていましたが、今は膝や腰など上部に疲労が移っています。全身まんべんなく疲れていることが分かります。

 インクが切れていたので、ベスト電器まで補充に行き、できた写真を行きつけのカメラ屋さんにもっていき、額縁に入れてもらいました。先客がいたので、写真だけを預けて再び帰宅。
 残っていた写真をDVDに落とす作業をして、昼食をとり、県議会に取材に出かけました。奄美新聞から伊藤知事の写真を撮ることを頼まれていて、もともとは写真撮影だけでしたが、議員が大島紬を着て出席しているという話を聞いて、追加で取材も頼まれました。
 一通り写真をおさえてから議会が終わるまでの待ち時間を使って写真処理と読書。「野中広務 権力と差別」が面白くて、今まさに政治がおこなわれている場所で、政治に関する生々しいノンフィクションを読んでいるのが、何とも言えない臨場感で楽しかったです。3時過ぎに議会が終わって、初めて議場に立ち入らせてもらって、なぜ21人の議員が大島紬を着て本会議に出席したかを取材しました。

 帰りがけに写真の額縁を受け取り帰宅。急いで原稿をまとめ、県下一周駅伝の大島チームの主将と選手に電話取材をしました。中々取材に行けないのが歯がゆいところです。原稿にまとめている時間がなかったので、パソコンをもって外出。ビッグバンの勤務中、暇を見て記事にまとめました。
 夕方6時から12時まではビッグバン勤務。一緒に働いている従弟と先日思いついたミニライブの可能性について話し合いました。下に響かないためには、ベースやドラムなどの重低音を発する楽器は使えません。でもギターの弾き語りとか、簡単な編成の音楽なら十分可能な気がします。まずは1回やってみたいところです。
 こうやって振り返ってみると、起きてから寝るまでびっちり働いていたことに少し驚いています。
【本日の業務】
・ランニング桜島
・レノヴァ取材
・県下一周取材


 2年ぶりにランニング桜島を走りました。個人的には「1㌔4分でどれだけおせるか」をテーマに、昨年のあくねボンタンのリベンジのつもりで走りました。結果は1時間30分50秒で、30代男子の31位(660人中)、総合96位(2956人中)。ボンタンよりは5分近くタイムを縮めることはできましたが、ハーフの自己ベストにも届かず不満の残る内容で、今後の課題がみえました。僕以外のSCCのメンバーがすごくて、発足12年を数えるSCCの底力を改めて感じた大会でした。

 7時過ぎに家を出て、フェリー乗り場に行くと、ターミナルは大勢の人だかりです。聞くところによると今年はハーフ、10㌔、5㌔合わせて5000人と過去最高の参加者だとか。ハーフだけでも3000人近い参加者がいて「ランニングブーム」を実感します。明らかに女性の参加者が増えています。もしかすると新幹線の開業効果で、県外からやってきた人もいるかもしれません。きょうは東京マラソンの日でもあり、そちらには出られなくても、これらな気軽に出られると思って参加した人もいるのでしょう。
 スタート前に準備運動、ストレッチ、動きづくりをSCC全体でやっていると、飛び入りで参加する人もいます。見よう見まねでランニングを始めたけど、準備運動をどうすればいいか、スタート前に何をやったらいいか、分からない人も多い。周りを見回せば、5000人近い参加者がいるにも関わらず、こういったかたちで集団でウオーミングアップをしている集団はうち以外見かけませんでした。

 最初の1㌔はジャスト4分。動きづくりで楽に前に出られる感じがしたので調子は良かったです。ただ、流しで速いペースで走った時、腰に張りがあったので、スタート前はかなり入念にストレッチをしました。2㌔までは4分、3㌔以降は4分4~10秒ぐらいので、ペース自体は安定していたと思います。ここは比較的アップダウンの少ないフラットなコースなので、走りやすかったです。フルマラソンを走っているときは、ひたすらマイペースを心がけていましたが、きょうは後ろから抜かれるたびに、ついていくことを意識しました。「ついていく」というよりは、人のペースを利用して「走りのリズムを切り替える」といった方がいいかもしれません。今はレベルアップを目指している時期ですから、「勝負」を考えてレースを組み立てることも初めて挑戦してみました。思うようにスピードは上がりませんでしたが、そういうレースができたことは収穫だったと思います。
 15㌔で1時間2分30秒ぐらいだったでしょうか。単純計算すると1㌔4分10秒ぐらいです。このままのペースでいけば、1時間27~8分台のタイムで行けたはずですが、残り6㌔に「落とし穴」がありました。袴腰の登り坂になると、さすがに後ろから抜く人のペースについていくことができず、フルのようにマイペース走に切り替えました。勾配が緩やかになると、登り坂なのに良い感じで走れたので、このままいけるかと思いきや、残り2・5㌔でガクッとペースが落ちました。少し下ってから、長渕剛のコンサート会場まで少し登り坂になっているところから身体が全く動きません。残り2㌔はほとんど下り坂なのに、登り坂を走っているような苦しさを感じました。この辺は10㌔の部の後方でゆっくり走ったり歩いたりしている人と一緒になりましたが、ペースを吸い取られたかのような錯覚を覚えたほどです。ラスト1㌔の手前でSCCのT前さんに抜かれて、ついていこうとしましたが、少しペースを上げたら、身体がいうことをきかなくなりました。競技場前で竹内コーチから「30分を切りましょう!」と声を掛けられました。いつもならこれに発奮してラストスパートをかけるのに、それもできず。最後は一応スパートしたつもりでしたが、走りもバラバラでした。

 この大会に向けての本格的な調整はしていなかったし、コンディション的にも脚や腰に張りがあって、それをごまかしながらのレースでした。前夜、早めに寝たら2時前に目が覚めて、それから気分転換でDVDを見たり、2度寝もしましたが、眠りが浅く睡眠不足だったこともあるでしょう。やはり一番のネックは「体重」だったと思います。83㌔のウエートでは、1㌔4分のスピードにハーフの距離は耐えられない。ラスト2㌔のペースダウンはそのことが影響したのだと思います。本当に良い時は体重は少なくとも80㌔を切っていましたから、そこまでは落とすことに今後本気で取り組まないといけません。
 個人的には課題の残る残念なレースでしたが、SCCの仲間は本当にすごかった。ハーフには男子6、女子2と年代別に8つの部門がありますが、このうち40代以上女子、50代と60代の男子の優勝者がSCCでした。8つのうち3つで優勝ですから驚きです。中でも50代優勝のN村さんは1時間21分台と僕より10分近く良いタイムで走っています。ショックと同時に僕もまだまだ頑張れると勇気がわきました。
 これまでSCCは初心者でも気軽にランニングを始める人たちのクラブでしたが、そんな中から優勝を目指すレベルの選手も出てきました。これはコーチの指導のたまものですが、何よりランニングを続けながら、自分で上を目指そうという気持ちを自然と植えつけてきたことがすごいと思います。3人の優勝者の中で、学生時代に陸上の実績のある人はいません。「ランニングブーム」という言葉もなかった2002年に長距離部門を立ち上げてから10年。SCCというクラブの進化を実感した一日でした。
2012.02.25 県下一周駅伝
【本日の業務】
・事務作業
・県下一周駅伝取材
・オルタナ
・ライオンズクラブ50周年式典写真撮影

(きょうの一枚)=大島・武田から三浦へのタスキ渡し

120225県下一周第1日001_035

 きょうから県下一周駅伝が始まりました。女子駅伝と同じでこれまでは結果を載せる以外あまり、熱心にフォローしなかったイベントですが、今は奄美を応援する視点で見ています。何か一つでも見る視点があると俄然面白くなってきます。
 とはいっても選手について回るには距離が長過ぎ。とても主催者の南日本新聞のようなきめ細かいフォローはできませんが、こちらはできる範囲のことを精いっぱいやろうと思います。朝はみなと大通公園でスタートシーンを撮影。ところが大島の選手が一番後ろにいたため、良い感じの写真が撮れませんでした。何とか1カ所だけでもタスキリレーの場面で挽回したいのですが、昨年は武之橋付近で1区の選手を撮って第1中継所まで車を飛ばしましたが間に合わず。今年も同じだろうと思って妥協しかけましたが、選手と同じコース沿いにいくのではなく、産業道路を迂回すれば何とか間に合うかもと、一縷の望みを託して車を飛ばしました。時計と道路状況を頭にいれながら、交通安全にも気をつけて車を走らせるのは至難の技でしたが、何とか選手到着の5分前ぐらいに着き、上のような良い写真をゲットできました。
 ここに写っている武田君はかつてSCCにもいたことがあり、思い入れがありました。今沖永良部で1人で練習していますが、「環境が厳しくなった分、1回1回の練習や大会を大事にしている」といいます。そういう姿勢は見習いたいものです。
2012.02.24 1㌔3分台
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・原稿
・県下一周駅伝開会式取材
・SCC


 ランニング桜島まであと2日。菜の花の前と違って、何かガーッと「やるぞ!」という気持ちがわいてきません。別に冷めているというわけではありません。菜の花からこの1カ月半あまりの間は相当レベルの高い練習をこなしてきています。燃えているわけでも、冷めているわけでもない、ちょっと不思議な感じで大会に臨むことになりそう。どんな結果が出るか楽しみです。
 きょうのSCCの練習は桜島に向けての調整メニュー。メーンはトラックを使っての2㌔走でした。トラックを走るのは久しぶりです。特に飛ばしたという意識はなく、大きな走りを心がけただけでしたが、最初の1㌔が3分38秒でした。2㌔で7分21秒でしたから、残りの1㌔も3分43秒と中々いい感じの走りができました。
 思えば数年前、トラックの5000mで18分を切ることを目標にしていた頃、1㌔3分台のペースをずっと練習で身体に叩き込んでいました。5000mを走った時は最初の1㌔が3分20秒ぐらいで入っても次の2㌔までが2~30秒近く落ち込むことがよくありました。今回は2㌔走っただけですが、落ち込みがそこまでなかったのは収穫でした。
 このところ、練習はがむしゃらに追い込むだけで、自分がどのくらい成長したのか、分かりませんでしたが、確実に成長していることが分かってうれしかったです。桜島が楽しみになってきました! 目標は「1㌔4分のペースでどこまでおせるか」です。
【本日の業務】
・事務作業
・取材
・オルタナ


 びっくりするような暖かい一日でした。長時間車を外にとめていたら車内が熱くなっていました。昼間は薄着で外に出ても大丈夫なぐらいです。しかしこれは春先にみられる「バカ陽気」のようなもの。油断しているとこんなときに体調を崩してしまうので注意したいところです。

 午前中は単行本の取材で神村学園の山本監督にインタビュー。その生い立ちから話を聞くのは初めてで、刺激に満ちたあっという間の2時間でした。
 生粋の大阪人である監督さんが鹿児島に来たのは5年前です。その頃40代半ばでしたが、高校野球の監督をしたことは一度もありません。ただ大阪と兵庫で審判を務め、甲子園でもジャッジを経験しています。日本に幾多の甲子園監督がいますが、審判と監督で甲子園を経験したのは山本監督1人だけだそうです。
 そんな監督さんがなぜ、鹿児島に来て監督になったのか。その辺は後のお楽しみとして、話を聞きながらあることに気づきました。鹿実の久保監督、樟南の枦山監督、鹿実サッカー部の松澤監督、僕がよくしっている鹿児島の名将たちと共通する部分が山本監督にもありました。それは「自分の意志で監督の仕事を選んだわけではない」ということです。
 久保監督、枦山監督はどちらも会社員だったのが、事情があって監督を引き受けざるを得なかった。監督になったきっかけはどちらも「恩師に頼まれたから」です。松澤監督の場合は、そもそも学校の先生になるつもりもなかったのに、なりゆきで学校の先生になり、サッカー経験者ということで監督を引き受けました。山本監督の場合も、きっかけは前任の監督に頼まれて鹿児島に来て、前任の突然の辞任というアクシデントがあって、監督にならざるを得ない状況がありました。
 プロサッカー選手を夢見て○○高校に進学する。指導者として全国制覇を夢見て教員になる…人生に対する「目標」を掲げ、一つ一つをクリアしながらステップアップを繰り返して、偉業を成し遂げる。小学生に読み聞かせるような偉人伝の立身出世物語がこうだとしたら、この4人はそれと対称的な人生を歩んでいます。競技や学校、監督になった事情は様々だけれど、そういう人が全国制覇や、それに匹敵する実績を残していることに興味をそそられます。
 「天命」という言葉を思いつきました。「天から人間に与えられた、一生をかけてやり遂げなければならない命令のこと。また、人がこの世に生を授けられる因となった、天からの命令のこと」とウィキペディアにあります。この4人にもう一つ共通するのは、大きな試練や逆境を監督なりたての頃に経験していること。普通の人なら逃げ出してもおかしくないような状況の中を逃げ出さず、そこにまるで自分の「天命」を見出したかのように、地道にコツコツと日々を重ねたことが結果としての「偉業」を生んでいるのです。

 人は自分のなりたいように人生を送れるのがベストでしょう。でも中々うまくはいきません。社会生活を営む上では、どうしても他者とのかかわりの中で生きていなければいけないから、時には自分の意思に反することも受け入れなければならないことが出てきます。「したくないから」と逃げ出すのも一つの道ですが、意識するしないにかかわらずそこに「天命」を見出し、前向きに必死で乗り越えようとすると、そこに「エネルギー」が生まれます。この4人と話をしていると普通の人には中々まねできない「エネルギー」に満ちていることを感じます。

 考えてみれば僕ももともと「スポーツ記者」になることを夢見ていたわけではありません。「新聞記者」になりたいという夢はありましたが、その分野がスポーツになることとは思っていませんでした。社会人生活をスタートさせた鹿児島新報でたまたまスポーツ担当になり、様々な紆余曲折はありながら「鹿児島のスポーツを伝えること」を自分の天職のように感じて頑張っているつもりです。この4人のような「実績」には遠く及びませんが、そこからいろんなことを学び、負けないような実績を残したいものです。

 お昼には「虎太郎」でランチをしながら、同級生の大将とうちのカラオケボックスでアマチュアミュージシャンのミニコンサートをしてはどうかというアイディアで盛り上がりました。本格的なミュージシャンじゃなくていい。趣味で音楽をやっている人やグループが、うちのパーティールームを使って10~20人程度の観客の前でミニライブをする。うちは場所と軽い飲み物を提供するぐらいなので準備はそれほどかかりません。「観客」はミュージシャン自身が連れてきます。そういう人たちがたくさん集まって、例えば長渕剛が福岡の「昭和」というライブハウスで腕を磨いたように、アマチュアミュージシャンの「登竜門」みたいな場所にうちがなったら最高だと思いました。
 店長に聞いてみると、だいぶ以前にライブをやったことがあるそうですが、あまりにも音響が響いたり、客が床を踏み鳴らすので、下の焼肉屋からクレームがきてできなかったそうです。やるなら完璧な防音設備を整えなければいけませんが、残念ながらそれだけの投資をする体力がないといいます。
 今すぐ理想通りのことができるとは思いませんが、それでも何らかのかたちでやれることはあるはず。別に本格的なバンド設備じゃなくても、ギターの弾き語りとか、何かこの規模でもできそうなことを探してみればいいのです。夜10時以降の下が閉店して以降なら大きな演奏もできるとか、知恵を絞ればいろんなことが考えつきます。まずは、ためしにどこかやってみて実験してみたいものです。「できない」理由を考えても何も生まれない。「できること」を探すのが前に進む道です。
2012.02.22 その一言が
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・後援会会報誌発送作業


(きょうの読書)
・「野中広務 差別と権力」(魚住昭著、講談社文庫)


 政治家・野中広務のノンフィクション。政敵を容赦なく叩き潰す冷酷さの反面、弱者への優しいまなざしを持っていたのは「被差別部落」出身ということで不当な差別を受けていた前半生が原動力になっていた。人物ノンフィクションを書くお手本にしたい作品。


 きょうは終日、野球部後援会の会報誌発送作業に追われていました。無事作業も完了し、一つの懸案事項が解消されてホッとしました。

 午前中、写真を届けに行った帰り、オプシアミスミで本を買いました。帰りがけ、以前買ったたい焼きが美味しかったので、カスタードと小倉の1個ずつ購入。
 「素敵な一日をお過ごしください」
 帰り際に店員さんにそういわれて、心がホッとくつろいだ気がしました。たまたま出かける前に些細なことで口論になって、むしゃくしゃしていました。運転しながら動きの鈍い車にイライラして毒ついていました。そんな僕の心中を察したわけではないのでしょうが、たかだか280円の買い物をした客にも、きょうの一日を素敵に過ごしてほしいという店員さんの気配りがうれしかった。少し照れ臭かったので、微妙な笑顔で頭を下げただけでしたが、帰りの車はとっても快適でした。何だかその一言だけできょう一日が良い日になったような気がします。

 本屋にいたとき、後輩からメールが届きました。今夜の発送作業に参加する予定でしたが、体調を崩していて作業しただけで帰らせてほしいという連絡でした。このところ、人を集める会を難度か企画して、一番困っていたのが「連絡がない」ことです。社会に出た人のエチケットとして、報告、連絡、相談の「ほうれんそう」が大事とは、言い古された言葉ですが、真実だと思います。
 僕としては無理してまで出席することもないと思っていたのに、彼は体調が悪いから休むのではなく、自分のできる範囲のことはしますと連絡してくれた。その心意気がうれしかった。夜は彼も含めて5人で発送作業。結局終わった後の鍋パーティーにも参加して楽しい夜を過ごしました(笑)。
2012.02.21 遅々として
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・写真処理
・甲突川RC


 朝から夕方まで机の前での作業。しかしやろうとすることが遅々として進まず、効率の悪い一日でした。
 奄美新聞に毎週月曜日掲載される「現場から」という記者レポートの欄があり、書いてみたいテーマがあったので朝からPCと格闘していました。つい先日、県の来年度予算が発表され、南日本新聞に国体に向けての強化費が倍増されたという記事が出ていました。また13日には県のスポーツ推進審議会があり、有識者から国体に向けての競技力向上の意見を聞いたことも小さなベタ記事で載っていました。
 8年後の鹿児島国体に向けて、本格的な強化策が新年度から始まります。県のスポーツ界にとっては施設が整備されたり、強化の活動がしやすくなったり、いろんな面で「追い風」になることは間違いないでしょう。ただし気をつけなければいけないのは「国体のため」という名目だけに縛られてしまうと、かつての失敗を繰り返す危険性をはらんでいます。本来は「スポーツ振興のため」という「目的」のための「手段」であるはずの国体が、「開催県を優勝させる」という目的にすり替わってしまった「ひずみ」が日本全体のスポーツ界の抱える問題になっています。国体のために立派な施設は作ったけれど、維持・管理の費用が自治体の財政を圧迫する。国体のために選手を強化したり、積極的に集めたけれど、終わってしまえば必要なくなり、国体以降は教員採用の門戸が極端に少なくなったり、国体から国体を渡り歩くジプシー選手が出てくる。こんなことが日本全国でみられている。そんな「いつか来た道」を繰り返さず、やるからには本当に鹿児島のスポーツ振興につながる国体にしたい。そのために僕は自分のペンで折に触れて訴えていきたい使命感を持っています。

 そのことを記事にまとめようとしたのですが、書き出しを予算の話にしたら、いかにも政治経済を論じるような堅苦しい文章になってしまいました。このテーマ自体はこれまでも何度か取り上げてきたので、違う切り口を探したり、論旨の展開を考えるのに悪戦苦闘していました。ともすれば県に対する批判意見だけで埋まってしまいそうでした。しかし、それでは単なる自家撞着だし、厳しい指摘はあっても、耳を傾けてもらって具体的に動いてもらえるような内容にするための工夫をあれこれ凝らしていました。結局丸一日かかりましたが、納得のいく文章にはなったと思います。
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・温泉
・オルタナ
・原稿
・ビッグバン


(きょうの読書)
・「だまされることの責任」(佐高信、魚住昭著、角川文庫)


 評論家・佐高信氏とジャーナリスト魚住昭氏との対談集。映画監督の故・伊丹万作氏が戦後すぐに書いた「戦争責任の問題」をテーマに、現代の日本人、および日本社会をラディカルに論じる。かつての戦争を多くの日本国民が「だまされた」と思い、自らの責任を問うことはなかった。「だまされたものは正しいとは古来いかなる辞書にも書いていない」と伊丹氏は断定し、佐高氏は「だまされない知恵をつける教育が必要だ」と説く。表層に流されず真実を見極めようとする姿勢が勉強になる。


 朝4時から仕事を初めて、一通り片付いたので朝風呂に入りに芦刈温泉へ。午前中は身体を休めるべくオルタナにも行きましたが、思った以上に身体にダメージが残っているようです。

 両太ももは少し指圧をかけただけでも「拒否反応」を示します。軽くさする程度ですませてもらったのですが、ふくらはぎから足首にかけては、2週間前と同じく「悶絶」しました。特に右がひどくて、まるで脚の中にコンクリートが埋められているような硬さが残っていました。これらを少しでも柔らかくしようと担当したO山先生が、丁寧に1カ所ずつ指圧をかけていくのですが、その痛みが半端じゃなかった! 普通に生活する分にはほっておいてもどうということはないのでしょうが、「アスリート」として活動するなら、この状態は看過できません。もうちょうっとほっておいて突発的に強い負荷がかかったら、筋肉が切れてしまってもおかしくないそうです。
 きょうは針まで打ってもらって、治療に努めました。週末は「ランニング桜島」のハーフマラソンがあります。菜の花以降、相当ハードな練習を課してきましたが、今週1週間はじっくり静養して本番に備えたいと思います。
2012.02.19 楽しい一日
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・新人体操取材
・S-1グランプリ取材

きょうの写真=公式戦に4年ぶりに出場した大島体操部
体操大島001_035
S-1グランプリに奄美代表で出店した「奄美黒豚パパイヤ丼」

S1グランプリ2_035

 朝から仕事が楽しくて充実した一日でした。
 アサイチは県体育館で体操の取材。いつもはれいめいの写真を撮ることですむのですが、今回は大島が4年ぶりに大会出場を果たしたということで、話を聞きました。部のOBでもある監督さんが「何とか母校の体操部を復活させたい」と昨年4月に赴任してから立ち上げたのだとか。他のスポーツと異なって、いざ始めたいと思っても、器具や専門性の高い指導がいるだけに、中々難しいのですが、もともと体操が盛んでかつてはインターハイ出場選手なども出しており、器具も鉄棒以外はそろっていたそうです。とはいっても肝心の部員が、中学までにやっていた子もいませんから、そう簡単にいかないところですが、それでも1年生が2人入部して3人で活動を続けていました。そんな話を書くのは、僕の「お家芸」です。演技前に監督さんに一通り話を聞いて、きょうの仕事は半分終わったようなものでした。

 演技中、ふと観客席を見上げると、かつて写真を撮って取材したこともあるれいめいOBの子が赤ちゃんを抱いています。昨年結婚して5カ月の男の子だそうです。ちょうど年齢がうちの一番下の弟と同年代なので、感慨深いと同時に独り身の自分がショックでもありました。
 一通り仕事は終わっていたので、そこからしばらくは彼に講師になってもらって体操の採点の仕方を教えてもらいました。採点はDスコアとEスコアの2つがあります。Dスコアは難度を表し、AからFまで6つ。難度が上がっていくごとに0・1ずつ上がっていきます。1種目につき終末技を含めて10の技が採点対象になり、それぞれの難度の合計がDスコアになります。Eスコアは実施点で10点満点からの減点になります。落下すれば1点だし、上がり切れなかったり、着地でふらついたら0・1の単位で減点されていきます。高い難度の技を正確にやりきれば高い得点が出るという仕組みです。
 技の名前も無数にあり、どれが何点とかは専門にやっていないと詳しいことは中々分かりませんが、その採点の仕組みを知っただけでも、体操競技がより深く楽しめそうです。

 昼からはS-1グランプリの取材で県民交流センターへ。県内の商店街がご自慢のグルメを競うユニークな大会です。ちょうどお腹もすいていたので、「奄美黒豚パパイヤ丼」と「宇宿鶏たっこん飯」を食べました。昨年から始まった新しいイベントですが、鹿児島の新たな冬の風物詩にしたい楽しいイベントでした。
2012.02.18 飲み会の企画
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・自主トレ
・新体操取材
・SCC
・飲み会


 久しぶりに飲み会を企画しました。アナウンサー、陸上指導者、歯科技工士、歯学博士と、まぁ職種も立場もいろいろな6人が集まっての呑ん方でした。年代は下は20代1人、30代3人、40代と50代が1人ずつと、こちらもバラエティーに富んでいます。いろんな話題で盛り上がって楽しい夜になりました。
 今まではもっと大人数を集めて、企画をするのですが、今回はざっくばらんに肩ひじ張らずに飲める会をしたくてやってみましたが、いろんな話題で盛り上がっても最終的には「鹿児島を何とかしたい」という熱い想いでした。たまにはこんな夜をプロデュースするのも悪くないですね。
【本日の業務】
・原稿執筆
・県庁
・写真処理
・SCC


 火曜日の南日本新聞にベタ記事で、県のスポーツ推進審議会があったことが述べられていました。僕はその前身である「スポーツ振興審議会」の委員をしていたことがあったので、興味をそそられました。
 記事によれば、話し合われたのはおもに競技力向上についてがメーンだったようです。まぁ8年後の2020年が鹿児島国体ですから、それに向けてどう強化策に取り組むかを今から始めようというのでしょうけれど、気になったのは記事の中のある委員からのコメントでした。
 「鹿児島は社会人選手が少ない分、中高生頼みになる。指導教員の適正配置が必要」
 僕はこの振興審議委員をしていた頃から常々思っていたことですが、この「中高生頼み」を解決することこそ、本当の意味でのスポーツの「振興」「推進」になると思っています。話し合いの詳細は分かりませんが、今の現状だけで鹿児島は大きな企業がないから一般社会人選手は期待できないと決めつけているところに大きな問題があると僕は考えます。
 中高生といった少年の普及、育成、強化も無論大切な要素です。でも前々から言っているように一生懸命頑張って中高生を育てても、そうやって身に着けた技術やノウハウを大人になって鹿児島で活かす先がないとしたら、それは結局鹿児島のお金を使ってよその県を潤していることになってしまいます。本当に大切なのはそうやって育った選手たちが今度は次の世代の子供たちに還元するという、「好循環」を作ることだと思うのです。
 2020年国体は僕にとって見逃せないテーマなので、こういった動きは定期的にフォローしていきたいと思います。
【本日の業務】
・事務作業
・取材


 最近、自分なりの経験則で感じるのは
 「間の悪いときに掛かってくる電話は悪い知らせが多い」
 ということです。電話をかけてくれる人のタイミングと僕の間合いとは何の因果関係もないのに、不思議とそういうことがよくあります。
 例えば、きのう運転中に某大手出版社から電話がかかってきました。たいていは「仕事の依頼」でかかってくることが多いので期待していましたが、「原稿料2割カットでお願いします」という一方的な連絡でした。おとといの記者会見中にかかってきた電話は、僕が企画した野球部後援会の発送作業に来れないという連絡でした。テレビを見ながら良いところでかかってきた電話なども良い知らせだったためしがありません。
 面白いのはその逆も真なりで、こっちが電話に出ても差し支えないタイミングでかかってくるのは良い知らせであることが多いです。きょうの夕方に掛かってきたのは今週末僕が企画した飲み会に若い女の子をつれてきますという「うれしいお知らせ」でした(笑)!

 すべてを「単なる偶然」と片付けることもできますが、そこにちょっと考えを巡らせてみると、相手との相性の良し悪しを量ったり、逆にこっちが相手に良いタイミングでかけているのかどうかを考えたり、いろんな材料になります。面白いものです。
2012.02.15 学ぶこと
【本日の業務】
・事務作業
・早朝セミナー
・原稿
・SCC
・十三会


 アサイチの早朝セミナーから始まって、きょうは終日いろんなことを学んだ一日でした。
 先月からHCDの早朝セミナーに参加させていただいてます。今月初めは奄美出張中で行けませんでしたから約1カ月ぶりのセミナーです。高校受験の話から始まって「ビジュアリゼーションやアファーメーションの大切さ」「うつも経験を重ねることで、どのタイミングでそうなるかを予想し予防することができる(春夏秋冬の理論)」「5%の顕在意識で生きるか、95%の潜在意識を活用するか」「お金の使い方。貯金・消費するより投資する勇気を持つこと」「70年の周期でめぐる世の中の流れ」…きょうも身近な話題から世界経済の仕組みまで、内容満載でした。「知らない」ことは恥ずかしいし「知る努力」「学ぶ努力」を惜しまないことが結局は自分を救う道になる。とても示唆に富んだ有意義な時間でした。

 お昼は玉里団地の「虎太郎」でランチ。メニューに「日替わり定食」ではなくて「ランチボックス」とあります。気になって聞いてみると、二つの重箱にご飯と鶏から揚げは基本線で残りは前日の居酒屋食材で余ったものが入るとか。ちなみにきょうはサーモンのフライとアスパラの揚げ物でした。食材は吟味してあり腕は確かだから美味しいのがまず第一。その上で「お弁当」のような雰囲気が斬新だし、店側としては食材の無駄を省けるという利点もあります。同級生の飲食店も様々な創意工夫を凝らしていることに刺激を受けました。

 夜は月1回の十三回の例会。きょうは先輩の市議会議員のIさんが講師で鹿児島市政についての勉強会でした。今鹿児島市に魚類市場と青果市場が別々の場所にあって、それぞれ建設から30~40年が経過して建て替えが検討される時期なのだそうです。Iさんらは今の魚類市場のある場所に両方を統合し、鹿児島の「食の拠点」にしてはどうかということを提案しました。市場としての機能だけでなく、レストランなども整備することで、あの辺り一帯が観光スポットにもなりうる。それに付随して市電を今のドルフィンポートや水族館、桜島桟橋がある辺りまで伸ばすことで、中央駅から天文館、北埠頭一帯がつながり、この地域全体の活性化にもつながるというわけです。
 それが実現するかどうかは別にしても、大いに議論すべき価値のあるテーマだと思います。残念ながら、議会の中では少数派で今のところ実現の目途は立っていません。大多数の議員は「既に決まっていることだから」「市長が決めたことだから」ということで議論になっていないのだとか。市民の立場からすれば、「そのままの場所で建て替えることで〇〇なメリットがある」ということで、両者が議論を交わして比較検討して選択されるなら分かりますが、どうも悪しき「前例踏襲主義」がはびこっているようです。議会と行政は、両者対等で互いにチェック&バランスを働かせるのが理想なのに、今の議会は行政の下請けになっているのではというのがI議員の主張でした。
 市議会は一番身近なところにある「政治」です。こちらも知り、学ぶことで主体的にかかわっていくきっかけができました。「政治」や「行政」にいろいろ問題はありますが、それをより良い方向に変えていく一番大事なのは支える市民がもっと積極的にかかわっていくことだと思います。「知りません」「分かりません」では決められたことに流されるだけ。学ばなければいけないことが、まだまだたくさんあると思い知らされた一日でした。
【本日の業務】
・事務作業
・原稿執筆
・記者会見
・甲突川RC


 「ガンダムではあるけれどアムロが乗っていない」
 僕の走りについて、SCCの竹内&鈴木コーチからの指摘です。実に分かりやすく的確な評価だったので、気に入っています。
 「ガンダム」というのは、強い身体をしているということ。身長は183センチあり、体重が長距離向きでないのと柔軟性はありませんが、それなりに走り込んできているので脚筋力はあります。心肺機能も普通の2~30代よりははるかに高い。長距離が速くなる要素はいろいろ持っている。ただそれらをコントロールする「アムロ」がいないので、持っている身体能力を生かし切れていません。
 きょう、練習で竹内コーチから指摘されたのは「地面をしっかり押して走る」ことでした。動きづくりのドリルではスムーズにできるのに、実際に走ってみるとその動きになっていないのだとか。この辺は頭で理解しているつもりでも、中々動きとして表現が難しいです。「アムロ」のように「ニュータイプ」のセンスがあれば、理屈であれこれ考えなくてもやれるのでしょうが、「オールドタイプ」の僕はどうしてもあれこれ考えてしまいます。
 いずれにしてもそうやって自分の課題を理解することが成長への第一歩です。
2012.02.13 沖縄密約
【本日の業務】
・事務作業
・オルタナ
・プロジェクト打ち合わせ
・ビッグバン


(きょうの読書)
・「沖縄密約―『情報犯罪』と日米同盟」(西山太吉著、岩波新書)


 「運命の人」の主人公のモデルとなった元毎日新聞記者の自著。沖縄返還をめぐる日米両政府の思惑から今まさにクローズアップされている日米軍事再編までの流れが、鋭い切り口で述べられている。


 「運命の人」から始まって、「ふたつの嘘」、そして「沖縄密約」と、このところ沖縄返還にまつわる密約問題を取り上げた本を立て続けに読んでいます。1番目は現実を基づいて再構成された壮大なノンフィクション、2番目は2人の女性の視点からこの問題を描いたノンフィクション、3番目がこの問題を世に最初に問いただした当事者が書き上げたもの。ひとつのテーマに対して、全く別の観点から立て続けに本を読んだのは初めてかもしれない貴重な経験です。
 海兵隊の岩国移転、宜野湾市長選挙などで今まさに米軍の普天間基地の移設問題がクローズアップされていますが、沖縄の基地問題が今に至るまで解決の糸口が見えない理由がよく分かります。72年の沖縄返還は、ベトナム戦争で行き詰ったアメリカと、政権浮揚を図りたい佐藤首相の思惑が一致し、表面上は「核抜き、本土並み」を謳って平和的に返還されたように装いながら、裏で取り交わした様々な密約によって、米軍は沖縄の基地を自由に使い続け、日本は「思いやり予算」なる名目で、その費用を払わされ続けている。その「歪み」を甘受せざるを得ない沖縄という図式が見えてきます。
 大学の恩師の浅野教授が「日本のジャーナリズムを衰退させた要因はたくさんあるが、沖縄返還時の日米密約をスクープした西山太吉さんを毎日新聞が事実上追放したことが大きい」という意味がよく分かります。あのとき、メディアが国家の欺瞞を見抜き、団結して権力と戦い続けていたら、今の沖縄問題も違った展望が開けていたような気がしてなりません。
2012.02.12 好天
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・野球トレーニング
・JBL2取材

きょうの一枚=試合後初の「ヒーローインタビュー」を受けるレノヴァの戸島
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 土曜、日曜と、大雪に悩まされている北国の人たちには申し訳なくなるぐらいの晴天が広がりました。こんな時は思う存分野球をするに限ります。
 きのうは伊集院で試合に出ました。OB戦以来、ノーヒットが続いていて、きのうも4打数0安打。ただし2打席目のセンターフライや3打席目の初球のファールなど惜しい当たりは何本か出ているので、焦らず定期的に素振りだけは欠かさないようにしたいと思います。
 きょうの午前中は母校で練習。部員の内野ノックを受け、ノックを打ちました。毎度毎度思いますが、こんなに気持ちの良い青空の下で、ボールを追いかけることができるって僕にとっては最高に贅沢な時間です。思う存分、青空と野球を満喫できた2日間でした。

 午後はレノヴァのホームゲームを取材。さすがに疲れてボーっとしかけましたが、久々の県体育館のホームゲームは勝手知ったる我が家みたいな感じで、とても居心地が良かったです。レノヴァも勝って7連勝。このままプレーオフ制覇までの階段を駆け上がってもらいたいものです。夕方は2日続けて芦刈温泉へ。ゆっくり身体を湯船に沈めて至福のリラックスタイムを過ごしました。
【本日の業務】
・事務作業
・原稿
・会報誌執筆作業
・野球
・飲み会


 昼間、野球をしたメンバーと夜、飲んだ席での会話。
 「サッカーでも、バスケットでも、ラグビーでも、監督がユニホームを着ている競技はないのに、野球だけはなぜ選手と同じユニホームを着て試合に臨むのか?」
 このテーマで大いに盛り上がりました。
 確かに小学校のソフトボールから、高校野球、プロ野球、果ては海を越えたメジャーリーグでも、野球およびソフトボールの監督は、試合中選手と同じユニホームを着て指揮をします。サッカーにしろ、ラグビーにしろ、バスケットにしろ、スーツだったり、ジャージーだったり、いろんな恰好はありますが、野球以外のスポーツで試合中選手と同じ服装で試合をする競技を見たことがありません。「ルール上、そうなっているから」といってしまえば、実もふたもないのですが、ではなぜそういうルールになっているのか、合理的な理由を知りたいところです。
 ネットで調べてみると「他の競技に比べて監督がグラウンドに出てくる機会が多いから」とか「昔はキャプテンが監督をしていた名残」とかいろんな理由が出ていますが、今一つ決定打に欠けます。
 「監督」という言葉を英語に訳すとき、野球以外のスポーツは「ヘッドコーチ」となりますが、野球の場合は「フィールドマネジャー」となります。スポーツジャーナリストの二宮清純氏がよく言ってますが、他の競技で監督が試合中にする仕事は戦術や戦略に占めるウエートが高いのに対して、野球はどういう選手を使うのかといった「人材マネジメント」の技量が問われるのが理由ではないかと言います。
 確かに他の競技では試合が始まってしまえば、監督はベンチからいろいろな声をかけますが、基本的にはハーフタイムなどの時間に指示を出すか、選手交代をすることぐらいしかできません。「そこでシュートだ」「パスしろ」といちいち監督の指示を待っていては試合になりません。一方野球は、投手の配球から守備位置、攻撃の選択など、極論すれば試合の進行上必要なことをすべて監督がマネジメントすることも可能です。とはいえ、それも「監督が同じユニホームを着る」合理的な理由とまでは言えません。

 「野球は『ホーム』が『ベース』だから」
 ある監督が言ったのが一番説得力がありました。他の競技がボールをゴールなどの場所に入れる、運ぶことによって得点が成立するのに対して、野球は「人」が「ホームベース」に「かえってくる」ことが得点になります。チームはホーム、すなわち「家族」であり、監督はいわば家長のような存在。選手である「子供」たちと同じユニホームを着て一体感を持って戦うスポーツ、「ホーム」が「ベース」になっているスポーツだからというのがその監督の持論でした。多分、どの答えにも「正解」はないのでしょうが、そうやって考えてみるといろんなことが刺激になって面白いですね。

追伸
NPB(日本野球機構)のオフィシャルサイトにこんなコラムが出ていました。

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2012.02.10 心拍数
【本日の業務】
・事務作業
・オルタナ
・原稿
・会報誌校正
・SCC


 朝は今週2回目のオルタナへ。月曜日ほど「悶絶」はしませんでしたが、脚にはまだかなり疲労が残って硬くなっています。右の前太もも、両足首、ふくらはぎ…指圧をかけてもらって痛いところがばらついています。オルタナで治療することも大切ですが、何より練習前後のストレッチを入念にしないといけません。

 夕方のSCCの練習は相変わらずハードなメニューでした。アップをしてから動きづくりの前にサーキットトレーニングが入ります。練習の最初で負荷をかけて、身体がきつい状態で練習をするという、まさに追い込みの練習です。
 メーンは30分ジョッグ+100m×10、60分までジョッグ。ジョッグの段階から高校生のKしろうとHろきについていきました。スタートから4分0~10秒のハイペースで彼らはジョッグしていきます。マラソンの練習なら人のペースについていくことはしないのですが、今はスピード練習が主体であり、レベルアップを目指しているわけですから、いけるところまでついていこうと思いました。ついていくだけではなく、途中何度か前に出て引っ張ってもみました。さすがに20分を過ぎた頃から差をつけられてしまいました。後で聞くと彼らは10分ごとにビルドアップして、最後は3分45秒ぐらいまで上げていたそうです。次からはどういうペースで走るのか、事前に聞いて頭に入れておいた方がやみくもに走るより、効果のある練習ができそうです。100mの流しは10本きっちり走りました。60分まで残り20分ぐらいありましたが、10分ジョッグしたところで脚への影響を考慮してストップ。良い練習ができたと思います。

 練習の後で、森コーチから菜の花マラソンで計測した心拍数の一覧表を渡されました。
 全体でみると平均心拍数は161。前後半で分けると前半が164、後半が159となっています。コーチの分析では「前後半でペースの変化がみられないのは、マラソンのペース配分としては非常に良い傾向」となっています。
 今回の菜の花は「頑張りすぎないこと」がひとつのテーマでした。後半ばててしまわないように、トータルで走り切ることを目標にしていましたが、実際にその通りだったことが「心拍数」でもはっきりしたことになります。ただし30―40㌔では158、154と落ちています。一番きつくて上げられなかった時間帯です。こちらは「エネルギーの枯渇が考えられる」ので「エネルギーが枯渇した朝食前、夕食前に練習をする」ことが勧められています。そうすることで「体脂肪をエネルギーとしてうまく利用できるようになる」そうです。SCCの練習はいつも夕食前だし、朝自分で走るときも朝食前が多いので、そういう練習を繰り返す、もっと言えばそうやって「体脂肪をエネルギーに変える練習をしているんだぞ」と自分に意識させることで効果は上がってくると思います。自分の走りをタイム以外の客観的な数字で見られたのは大いに勉強になりました。
【本日の業務】
・事務作業
・原稿執筆
・写真処理


 朝は「とくダネ」に長渕剛が出演するというので、観ていました。昨年の紅白で歌った「ひとつ」と新曲「愛しき死者たちよ」の2曲を熱唱していました。
 きのう読んだ「ふたつの嘘」にもありましたが、逆境の中でいかに生きるかとは人間にとっての永遠のテーマです。長渕さんはあの震災に触発されて様々な活動を行っています。どうしようもなくあふれ出てくる想いが詩になり、歌になり、人の心を揺さぶる。「もう一人の自分がいて、ずっとそいつと戦っている。こいつは辛口で中々100点つけてくれない。まだまだです」。人間や自然に対する怒り、悲しみ、そして未熟だからこそたまらなく愛おしく思える情熱。そんなメッセージが感じ取れました。

 午前中で一通り仕事を終えて、お昼は原良にある「ばってんラーメン」を食べに行きました。先週、KTSの「げっきん鹿児島」で紹介されていて、近いので一度行ってみたいと思っていました。最初1時過ぎに行ったときは、店の外まで並んでいてこの寒空で待つのも億劫だったので、先に注文のあった記念額の作成に写真屋に行くことにしました。
 2時前に戻ってくると、幸い空いています。番組でも紹介されていた「赤丸とんこつ」を注文しました。豚骨スープにねぎを一面敷き詰め、極めつけはみじん切りしたガーリックをバーナーで熱します。これから誰かと会う予定があるなら絶対に食べられないラーメンですが、きょうはこのあと外出しないつもりだったので、遠慮なく頂きました。とても美味しかったです。たまにはこういう楽しみもいいものです。
【本日の業務】
・事務作業
・写真処理
・フラワーコンテスト取材
・焼酎鑑評会取材


 きのう、読書で紹介した「ふたつの嘘」が面白くて、いろんなことを考えさせられて一気に読み終えてしまいました。ある先生が「読み始めて一気に読み終えてしまう本が読みたがっていた本だ」みたいなことを話していましたが、まさにこの本は「運命的な出会い」だったようです。
 沖縄密約事件に関して、当事者である元毎日新聞の西山記者の妻と、そののち国に情報公開を求めて裁判で戦った女性弁護士の2人を主人公にして、この沖縄密約問題とは何であったのかを問いかけています。「運命の人」は事実を元にしたフィクションですが、こちらは実際にあったノンフィクションです。「運命の人」を読んで、ある程度ストーリーを知っているから読みやすかったのもありますが、一番心動かされたのは、「はじめに」の中の以下の一節でした。

 突如として降りかかった不運をどうすることもできず、思い描いていた人生のルールが狂わされたとき、人はどうふるまうのか。
 うつむいたまま逃げるのか、顔を上げて立ち上がるのか。あるいは、ただ時をやりすごすのか。逆境は、それぞれの美学をより鮮明に映し出す。
 どん底から抜け出すために、もしかしたら、人はやはり嘘を必要とするかもしれない。ありのままの現実から目をそむけ、前に進むために。あるいは、嘘を嘘と知りながら自分を駆り立てるために。すべての嘘が悪いものとは限らない。
 ただ、国の嘘となると、意味合いは異なる。嘘をつくことがあっても、いつか嘘を嘘として認めることができなければ歴史は歪められ、「本当のこと」が消えてしまう。


 少々長い引用になってしまいましたが、言わんとすることはよく分かるでしょう。新聞記者とは何か、ジャーナリズムとは何か、家族を守るとはどういうことは…きょうは取材の合間の時間に何度も本を開いて、自分がこれからなすべきこととは何か、ずっと考えながら読んでいたような気がします。

 午後、本格焼酎の鑑評会の取材中、本を閉じてから何気に携帯を開いてヤフーのニュースを眺めていたら、ヨミウリのナベツネが「運命の人」で出てくる自分と思しき人物の扱いが間違っていると吠えているとか。あまりのバカバカしさに思わず笑ってしまいました。巨大権力を握った哀れな老人の末路はむなしいものです。
【本日の業務】
・事務作業
・県中学新人バスケ取材
・甲突川ランニングクラブ


(きょうの読書)
・「ふたつの嘘」(諸永裕司著、講談社)


 帯に「『運命の人』超えるノンフィクションです」とあるように、沖縄密約問題を2人の女性にスポットを当てたノンフィクション。


 朝から効率の悪い一日でした。
 中学新人バスケを取材する前に、どうしても欲しい本があったので、城西のTUTAYAへ。「運命の人」が面白かったので、モデルになった元毎日新聞記者の西山太吉さんの本が気になりました。新書のコーナーで見当たらなかったので、念のため店内の検索機で探してみようとしました。普通書店内の検索機は、著者名とか本のタイトルで検索できるのに、こちらはCDやらDVDのレンタルも複合しているせいなのかどうかはわかりませんが、「本を探す」をタッチしても中々著者名やタイトルで検索できないのです。
 「売れ筋」とか「気分」とか、こっちとしては全く興味のない分野を選択しても、探したい本は見つけようがないのです。仕方ないので店員さんに聞いて調べてもらいましたが、結局ないので取り寄せしかないと言われました。ここで20分ほどロスしました。

 取材前にもうひとつやりたかったのは床屋にいくこと。いつもなら平日午前中は空いていて着いたらすぐにカットしてもらえるのに、きょうは先客が2人いて待たされました。朝9時過ぎに家を出て、なんやかんやで10時半ぐらいには会場に着けると思っていたのが、床屋を出たのが12時過ぎ。着いたらお弁当をいただいてすぐに男女決勝リーグの最終戦の取材でした。

 どうしても本が欲しかったので、今度はフレスポのくまざわ書店へ。こちらは普通に検索できると思いきや、「ニシヤマタキチ」で何度かけても「100万冊の本の中から検索中」と出るだけで、中々検索結果が出てきません。しょうがないので「オキナワミツヤク」で検索すると、何冊か興味深い本がヒットしたのですが、肝心の西山さんの本は「店内にありません」。唯一あったのが、「きょうの読書」で紹介した「ふたつの嘘」でした。少し値が張ったのですが、プロローグを読んでみて面白そうだったので思い切って買いました。

 きょう唯一、効率良かったのは、ベスト電器に行って、古いノートPCの調子を診てもらった時です。何度起動ボタンを押しても、立ち上がらないから、もうどうしようもない故障かと思いきや、ちょっとした接触不良か、静電気がたまっていたのが原因らしく、あっさり解決しました。おかげで懸案事項が一つ解消されました。
【本日の業務】
・事務作業
・会報誌作成
・写真処理
・早朝ジョッグ
・原稿執筆
・オルタナ


 2月に入ってビッグバン勤務が少なくなった分、また朝を有効活用できるようになりました。今朝は4時に起きて業務開始。考えてみると、ここ2週間ばかりは体調不良やら寒さが厳しかったことなども重なって、朝の活動時間がワンテンポ遅れていました。久しぶりにそれを再開すると、一日の充実感が違います。

 一通り仕事を片付けて、6時50分ごろ、早朝ジョッグに出かけました。一頃の寒さが緩んで朝一汗流すにはちょうどいい感じです。鹿児島アリーナから甲突川沿いを走っていると、道路脇に財布が落ちているのが目に留まりました。中を改めると現金やらキャッシュカードやら、大事なものが詰まっています。ほっとくわけにもいかなかったので、西警察署まで走って届けに行きました。
 考えてみると、37年の人生の中で、警察に用があったことはほぼ皆無なので、妙に緊張しました。たまたまきのう見ていた「運命の人」で理不尽な警察権力の様を見ていたので、余計に感じるものがあったのかもしれません。別に僕が悪いことをしているわけではないのに、名前や住所、連絡先などの個人情報を聞かれ書類に書かれるのは落ち着かない気がしました。幸い、落とし主が特定できるものがたくさんあったので、午後には持ち主の元に戻ったようです。おかげでジョギングどころではなくなりました。

 一昨日の夜、一緒に飲んだS高校のS塚監督の「本当の文武両道は家庭の主婦が実践している」という言葉に感化され、せめて自分が野球した後ぐらいは自分でやろうと洗濯をすませ、1週間分の疲れを抜きにオルタナに行きました。
 先週はサーキットトレーニングや変化走などレベルの高い練習をしたこともあって、足が全然上がりません。案の定、太もも、ふくらはぎから足首にかけての筋肉がコチコチに固まっていて、指圧をかけてもらっている数分間は地獄のような悶絶を味わっていました。あまり自覚症状がなかったのですが、12月に追い込んだときに近い状態だったのでしょう。身体を壊したら元も子もありません。ケアには万全を尽くしたいものです。

 夕方までの時間は野球小僧や野球部後援会の会報誌の原稿書き、頼まれていた写真の処理など、仕事場にこもってやっていました。以前使っていたノートパソコンが起動しなくなって、途方にくれています。バックアップをちゃんとしていなかったデータが起こせなくて作業が中断してしまいました。やれやれ。

 夕方からはビッグバン勤務。1階の金海堂書店さんが1月いっぱいで閉店した影響で駐車場の車の数が激減しています。11月から1月までの3カ月はわずかながらも前年比を上回る売り上げがあったのに、水を差された感じです。とはいえ、嘆いてばかりいても何も生まれないので、何か方策を考えなければいけません。単純にうちの店は営業不足だと思います。ちょっと回りを見回せば、玉江小、伊敷中、伊敷台小、坂元小・中、草牟田小といろんな学校があり、それぞれ僕には知己がいます。先日は草牟田小のサッカー少年団が子供と大人25人ぐらいで利用してくれたことがありました。これから3月、4月の歓送迎会シーズンに向けて、店の存在をそういう団体にターゲットを絞ってPRしていけば、何らかの反応があるはずだと思うのです。

 そんなことを考えながらこの日記を書いているのが、夜の11時。勤務終了まであと1時間。なんだかんだできょうも「22時間労働」の一日でした。
2012.02.05 良い仕事
【本日の業務】
・事務作業
・原稿執筆
・野球トレーニング
・レノヴァ取材

きょうの1枚(2枚)=レノヴァVS日立電線、延長で伊藤がドライブしてジョンソンがリバウンドダンクを決めるシーン

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 「良い仕事」ができたと思うのはどんな時か聞かれたら、「写真と記事のテーマがぴったりリンクする瞬間が撮れたとき」だと考えています。きょうのレノヴァの試合はそんなゲームでした。
 きのうも記事としてはそれなりに自分の視点でまとめることはできたのですが、惜しむらくはメーンで取り上げた近選手がドライブしてシュートをするシーンで、僕はセンターにいて写真をおさえていませんでした。きょうはその反省も活かし、終盤はリードしていてもレノヴァのオフェンスサイドにいて、カメラを構え続けていました。
 試合的には20点差を追いつかれるという冷や冷や物の勝利でしたが、ちょうど延長に入って上の2枚のような勝負を決定づけるシーンが撮れました。仮にそのタイミングでシャッターを切ることができても、あわててピントが若干ぼけていることもよくあるのですが、今回は伊藤選手が切り込み、ラフがダンクを決めるまでの一瞬の流れをきれいに撮ることができました。伊藤選手のシーンはまだしも、ダンクまでしっかり撮れていたのは計算外でした。
 ポイントが絞れていると、記事を書くのも割とスムーズにいけます。きょうは宮之城の往復と移動に時間のかかった一日でしたが、7時半には原稿をすべて上げることができました。
2012.02.04 国分にて
【本日の業務】
・早朝ジョッグ
・事務作業
・1月の反省、2月の計画
・レノヴァ取材

きょうの一枚=難敵・日立電線を退け、ホームのファンと喜ぶレノヴァ

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 1月頑張りすぎた反動や、飲み会が続いたりで、生活のリズムが狂いかけていましたが、気持ちを入れなおしてリズムを立て直しました。
 アサイチは昨夜車を止めた新屋敷町の親戚の家までジョッグ。きのう練習を頑張った反動で、脚があまり動かずほとんどウオーキングになっていました。帰宅すると手帳を開いて先月の反省と今月の計画をまとめました。やることはほとんど変わりません。大きな行事としてはランニング桜島があります。ビッグバン勤務が少なくなる分、原稿を書いたり、新規プロジェクトを進める作業に時間が使えそうです。

 午後からは国分でレノヴァのホームゲーム取材。4週間前のホームゲームが最悪だったので、どうなることかと冷や冷やしましたが、内容のある良いゲームで勝つことができました。こういうゲームが見られると車を飛ばして観戦に行ったかいがあります。あすも宮之城で連戦。もっと良い試合が見られることを期待します。

2012.02.03 昔のビデオ
【本日の業務】
・事務作業
・表彰式取材
・SCC


 親戚から昔8ミリか何かで撮影してDVDに落としたものをもらいました。今朝時間があって、両親と3人で見てみました。
 2番目の弟の15歳の誕生日会、年末の餅つき、大勝会運動会など20~25年前ぐらいの映像でした。映っているのは3番目の弟や従兄妹がメーンで、僕は画面の端にこそっといるぐらい。高校2年生で髪型は今と同じですが、神経質そうな線の細い少年でした。我が家はまだ城山に引っ越す前の若葉町にあって、その当時は子供たちの誕生日になると父方、母方両祖父母一家が集まってにぎやかな宴会をしたものでした。
 画面では今は亡き父方の祖父と母方の祖父母が生きていました。僕はあの頃、両方の祖父が焼酎で酔っ払って昔の苦労話をするのを聞くのが楽しみでした。本当なら今は僕が家族をもって、そういう集まりをしなければいけない年齢なのに、そうでないことが少し悔しいです。何とか父方の祖母が元気なうちにひ孫をみせてあげられるよう頑張らねば!!

 夕方はSCCの練習。メニューは45分の変化走でした。最近はトラック組に入って練習していますが、一緒に練習するメンバーのレベルが高くて、競い合って走ると、疲れ方が半端じゃないです。きょうは高校生のKしろうと社会人のT田さんと走りました。ジョッグは4分40~50秒ペースで余裕でついていけましたが、3分のペースアップで2人が1㌔3分0~10秒ぐらいまで上げるので、さすがについていけません。僕でも3分20~30秒ぐらいのペースでは走れていたと思うのですが、上には上がいると思うとまだまだ練習を頑張ろうという気になります。身体に、今まで以上の負荷がかかっているからまだ慣れませんが、またひとつ上のレベルで走れるようになる姿を想像するとワクワクします。
2012.02.02 完全休養
 鹿児島地方も全国の例にもれず厳しい寒さに見舞われて、終日小雪の舞うあいにくの一日でした。

 今朝は5時過ぎに起きて、きのうの日記を書き、さぁ仕事するぞと張り切る気持ちがわかず、この寒さにも妥協して再び布団へ。妙な後味の悪い夢を見て、7時半過ぎに目覚めると、何もする気が起きず、きょうは完全休養日にすることにしました。
 朝からリビングにして、ひたすら録画やDVDを見続けていました。こんな日を過ごしたのは、いつぐらいぶりかな。1年前は毎日がこんな調子でした。少なくとも日記をこのブログに移してからは【本日の業務】を毎日つけていましたから、業務らしい業務をしてないのはものすごく久しぶりのようです。ともかくきょうはゆっくりエネルギーを満タンにして、また明日から頑張ろうと思います。
【本日の業務】
・奄美出張
・SCC


 暖かい奄美から一転、寒い鹿児島に帰ってきました。夕方はSCCの練習。トラック組に混じってクロスカントリーをやりました。
 普通に走る中で、スタンドの傾斜を利用し、斜めにジグザグ走ったり、バックスタンドの階段を昇降したり、ハードル3台を飛び越えたりを1時間繰り返しました。きついことはもちろんですが、照明が弱くて暗いので、足元を気をつけないと一発で大きなけがにつながりかねないので、神経を張りつめていたので余計疲れました。9周走って時計を見ると、ちょうど1時間でした。今までいろんな練習をやってきましたが、一番ハードな部類のメニューに入ると思います。
 練習後、竹内コーチからこういう練習をどんどんやった方がいいと勧められました。前々からの課題で動きが小さくなることがありましたが、こういう練習をしていると、自然に身体を大きく使わざるを得なくなるので効果的なのだそうです。良い練習ができました。